本広克行×谷口悟朗:ヒットメーカー対談 『室井慎次』は「観客が無理せず共感できる作品に」
■『踊る大捜査線』アニメ化するには華がなさすぎる!?
――『踊る大捜査線』は人気ドラマを映画化して大成功した金字塔。1作目『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年)でいきなり100億円の大台を突破(101億円)。2作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)は、邦画の実写No.1記録(173.5億円)を維持し続けており、映画シリーズの累計興行収入は500億円を突破しました。「踊る」が与えた影響については、どうお考えですか? 【谷口】影響というのが何を指すのか少し難しいですが、例えば私が手がけたアニメ『プラネテス』(2003年)は、プロデューサーから「『踊る大捜査線』を参考にしてほしい」と言われ、DVDのボックスセットを渡された記憶があります。堅苦しくない、でもおさえるべきところはおさえる組織の見せ方を参考にしました。 【本広】その話を聞いて、僕は『プラネテス』のBlu-rayを買いました(笑)。 【谷口】ありがとうございます(笑)。実際、作品を作るときにはさまざまな参考資料をいただきます。小説や海外映画、過去の名作など、「これを見てみて」ということはよくあります。その中で、『踊る』はテレビドラマにおける組織に対するリアリティラインを上げたのかもしれませんね。 それまでの刑事ドラマはヒーローもの的な位置づけが多かったと思いますが、『踊る』では組織内の思惑や力学を描いたことで、以降の作品ではお客さんの求める要素が一つ増えてしまったのではないかと。ただ、そのおかげで昔から組織を描いてきたアニメが一般の人も受け入れやすくなることにつながった、ということはあるかもしれませんね。 ――本広監督は、『踊る』が刑事ドラマや他のジャンルに大きな影響を与えるとは思っていましたか? 【本広】全然、そんなことは思っていませんでした。ただ、アニメをよく見ていたので、タツノコプロの『科学忍者隊ガッチャマン』や『機動警察パトレイバー』などの縦社会や組織のディテールの細かさには影響を受けていると思います。以前の刑事ドラマといえば、ざっくりした描写で、「走っていれば大丈夫」みたいな作品が多かった。「踊る」はそのカウンターと言われたんです。 衣装も青島君はモスグリーンのコート、室井さんは黒いコート、とにかく地味なんです。犯人側に色を足していて、篠原涼子さんには真っ赤なスーツを着せるとか、そういう工夫をしていました。全体的に地味なんだけど、その当時は地味なものが新鮮だったんですよね。 【谷口】観客として見る立場からすると、説得力がありました。警察官が派手な格好をしていたら目立ってしまうじゃないですか。それに、地味だからこそ組織の一員としてのリアルさが際立っていました。 【本広】髪型もそうですよね。織田さんに「髪を切ってください」って何度もお願いしました(笑)。長髪は現実の警察ではありえないですよ。でも、今では刑事ドラマも医療ドラマもリアリティのあるスタイルが主流になっていますからね。リアリティだけにこだわるとどれも同じような感じ作品になっちゃうので、また、誰かが変えないといけないですよね。 ――キャラクター作りでもアニメから影響を受けている部分はありますか? 【本広】ありますね。例えば室井は、最初は青島にとって「面倒な敵」として登場するキャラクターでした。それを表現するために黒っぽくいかつい印象を与えるよう、黒いコートを着て、オールバックにするなどの工夫をしました。一方で、青島は軽やかに跳ねるような歩き方をさせるなど、アニメ的な記号を取り入れています。僕の作品全般に、キャラクターを強調する手法はアニメから学んだ部分が大きいです。 ――『踊る』のアニメ化について考えたことはありますか? 【本広】正直、なぜアニメ化しないのだろうと思ったことはありますね。 【谷口】『踊る』をアニメ化ですか?(笑) 【本広】谷口さんにお願いしたらどうですか? 【谷口】いや、やる気が起きないですね(笑)。ヒット作だと批判されるリスクが高いですし、正直、『踊る』をアニメ化すると「華が足りない」と言われるかもしれません。 【本広】そうなんですよ。『踊る大捜査線』って、華がないんですよ。マジで。だからあんなにヒットすると思わなかった。 【谷口】ロボットや宇宙人が出てくるわけでもないので。 【本広】じゃあ、ロボットを出しましょうよ。IG(プロダクションIG)はロボットものが得意ですからね。 【谷口】それ、『機動警察パトレイバー』じゃないですか(笑)。あとは、室井が異能力を持っていて、眉間に力を入れると誰も身動き取れなくなるとか(笑)。何かそういう要素を足せば、成立する可能性はあります。 【本広】じゃあ、「室井が異世界に転生した」という企画書を持って売り込みに行きましょうか(笑)。谷口さん、一緒にやりましょうよ! 【谷口】権利関係がぐちゃぐちゃにならないようにしてくださいね(笑)。 【本広】亀山さんも「やれやれ」と言ってくれると思います。 ――本題に戻して、無線のシーンについて、どのように楽しんでいただきたいかアドバイスをいただけますか? 【谷口】1回目だと無線のシーンをさらっと聞き流してしまうかもしれません。でも、2回目以降で気づくことがあると思います。無線のやり取りは、ただ無駄にしゃべっているわけではなく、一つの大きな流れがあります。その流れに沿って進んでいく中で、登場人物たちが何を感じ、何を伝えようとしているのかをぜひ掘り下げてみてください。 【本広】映画館で観ると音響がすごいんですよ。吹雪の音やピアノの曲が何重にも重なって、だんだんと無線の声が「犬が離れません」のシーンにつながっていく。その流れが見事ですので、小野くんたちの熱演にも注目してほしいです。