本広克行×谷口悟朗:ヒットメーカー対談 『室井慎次』は「観客が無理せず共感できる作品に」
2024年の象徴的な作品の一つとなった『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』(監督:本広克行)。『~生き続ける者』のクライマックス、捜索無線の掛け合いシーンの演出を、『ONE PIECE FILM RED』(2022年)の谷口悟朗監督が担当していたことは周知のとおりだが、このたび、本広監督と谷口監督の対談が実現。日本映画学校の先輩後輩という間柄の2人がそろって取材に応じた。 【動画】『室井慎次』メイキング映像に映る撮影現場に織田裕二も来ていた ――谷口監督が『室井慎次』に関わることになった経緯について教えてください。 【本広】無線の掛け合いのシーンは、この作品の中でもっとも重要なシーン。アニメのように畳みかけるような演出で盛り上げるのはどうか、と考えていたときに、プロデューサーが『ONE PIECE FILM RED』のとあるシーンを見せてくれて、「まさにこういう演出!」と、思ったんですよ。 僕は以前、『PSYCHO-PASS サイコパス』(14年)と言う作品で初めてアニメ作品の総監督をやらせてもらいましたが、音の収録においては、音響監督が声優のせりふ録りの演技指導やBGM・効果音などの収録を行っていました。その仕事ぶりを目の当たりにして、非常に高度なスキルや経験が必要であることは承知していましたので、すぐさま谷口さんの力を借りようと思いました。めちゃくちゃ忙しいだろうから、引き受けてもらえないかもしれないけど、ダメもとでお願いして大正解でした。演出がまったく違う視点で進められて、本当に助かりました。 【谷口】「踊る」シリーズはテレビで見ていましたし、よく知っていたからこそ、「こういう形で自分が関わることになるのか…」と、正直少しプレッシャーを感じましたね。「踊る」シリーズは多くのスタッフや役者さんたちが長年積み上げてきたものです。その中でも「室井慎次」というキャラクターは非常に重要な存在。私がそのキャラクターの最後を描かなければいけないということに、大きな責任を感じました。 【本広】谷口さんが、見事に終わらせてくださいました(笑)。 【谷口】いやいや、新参者の私が軽々しく「やってやったぜ」といった感じでできるものではないですし、ほかのスタッフの方々の気持ちも考えると、「ここをやりたかった人もいたかもしれないな」とも思いました。ただ、これは誰かがやらなければならないことだったので、先輩から「お願い」された以上、自分が引き受けるしかないと腹を決めました。 【本広】つくづく谷口さんが後輩って、すごいことだな、と。 【谷口】忙しかったら「無理です」とお断りしていたと思います(笑)。ただ、たまたまスケジュールに隙間があったので。2~3ヶ月も拘束されるようなものではなかったので、引き受けることができました。 【本広】1人の男の死を「無線の声」だけで表現する必要があったわけですが、谷口さんがアフレコ台本も作ってくれたんです。 【谷口】最初の打ち合わせで映像を見せてもらい、スタッフが仮に入れた音声も確認して、吹雪の音や効果音、音楽が重なる中で声だけで感情を伝えるのは、声の専門家でなければ難しいだろうと思いました。とくに「犬が…」というせりふについては、「耳に入りやすく、華のある声」がいいと思いました。それで私がこれまで仕事をしてきた声優さんの中から、小野賢章さんにお願いすることにしました。彼は顔出しの仕事もアニメの仕事もこなせる幅広いスキルを持っていますし、現場での指示にも柔軟に対応できるので、このプロジェクトに適任でした。 【本広】谷口さんが論理的に声の演出を考え、選び抜いてくれたおかげで、ラストの重要な場面が完成したと思います。 【谷口】そう言っていただいてうれしいですが、私としては少しお手伝いしただけに過ぎません。 ――本広監督は久しぶりに室井慎次をはじめ「踊る」のキャラクターたちと再会し、青島俊作を主人公にした新作の制作も決定したいまのお気持ちは? 【本広】そうですね。今回のヒットを見て、「ずっと作り続けていれば、よかったのかな」と感じました。下火になったら「やめるべきだ」とか言う人もいますが、やっぱり作り続けることが大事だったんだと改めて思いますね。『寅さん』もやめないで続けていたことが価値になっています。今回の『室井慎次』のヒットを見て、作り続けることの意義を実感しました。 【谷口】私は逆に、途中で少し間が空いたことが良かったのではないかと感じています。特に今回の映画に関して言えば、全体の雰囲気が地味で地に足がついているような作品になっています。それが今の日本の状況とシンクロしているのではないかと。昔の『踊る大捜査線』にはまだバブルの残り香がありましたが、今は経済的な困難も抱える時代です。そんな時代背景が今回の映画と結果的にうまく重なり、観客にとっても無理せず自然に共感できる作品になったのではないかと思います。 【本広】確かに、連ドラの『踊る大捜査線』(1997年1~3月放送)にはバブルの雰囲気が少し残っていました。でも、今回は『踊る』ではなく『室井慎次』という形で描いたからこそ、今のタイミングに合ったのだと思います。日本のリーダーが混迷している現状ともリンクしている部分がありますよね。 【谷口】それを、時代に合わせて形にできたのは本広監督の力だと思いますよ。 【本広】いやいや、持っているのは亀山さん(亀山千広プロデューサー)ですよ。「室井は俺だ」とずっと言っていますから(笑)。