【GQ読書案内】オリンピックとアスリートを考える3冊
編集者で、書店の選書担当としても活動する贄川雪さんが、月に一度、GQ読者におすすめの本を紹介。今月は「オリンピックとアスリートを考える」がテーマ。 【写真を見る】オリンピックとアスリートを考える3冊をチェック!
7月26日に開幕するパリ2024オリンピックに向けて、6、7月は関連書籍がたくさん刊行されました。純粋にアスリートを観たい・応援したい気持ちもあるけれど、やはり数多の問題を解決せぬままに続くオリンピックへの懐疑心も拭いきれずにいます。今月はオリンピックやアスリートについて、違う角度から考えるための視点をくれる3冊を紹介します。
国際情勢の写し鏡としてのオリンピック
村上直久『国際情勢でたどるオリンピック史 冷戦、テロ、ナショナリズム』(平凡社) 本書『国際情勢でたどるオリンピック史』は、タイトルの通り、古代オリンピックの消滅から近代オリンピックの始まり、そして政治や外交を切り口に、過去の大会を通史で紹介していく。著者は、記者として国際的に活躍し、その後大学で国際関係論を研究してきた村上直久さんだ。 例えば、ヒトラーはベルリン五輪(1936)でナチスの色を強く打ち出し、オリンピックは政治的に利用された。また、冷戦下のモスクワ五輪(1980)とロサンゼルス五輪(1984)では、米ソのボイコット合戦が展開された。戦争やテロによって中断、中止となった大会もある。 しかし一方で、モントリオール五輪(1976)では、多くのアフリカ諸国がオリンピックをボイコットしたことで、アパルトヘイト反対の機運が世界的に高まった。政治や情勢に影響を受けるのではなく、反対にオリンピックが世界を動かした事例だ。平昌で開催された冬季大会(2018)によって、一時的ではあるが朝鮮半島情勢は緊張緩和に向かったことも、記憶に新しい。 いずれにせよ、近代オリンピック120年の中のいずれの大会もが、その時々の世界情勢を色濃く反映していることがよくわかる。オリンピックの新たな一面を知ることができる1冊だ。
世界で一番詳しいパリ五輪(への批判的な)案内書
佐々木夏子『パリと五輪 空転するメガイベントの「レガシー」』(以文社) 前回2021年の東京五輪は、コロナ禍での強行開催、招致にまつわる汚職、スタジアムの建設問題と過剰な再開発など、挙げればきりのないほどに、問題ばかりが強く印象に残ってしまった。これは開催が東京(日本)だったから生まれた問題で、パリ大会なら問題は起こらないのだろうか。そもそも五輪開催に意義はあるのか。多くの人に疑問を抱かせ、トラウマまでも植えつけたことは間違いないだろう。 パリ在住の文筆家・翻訳家の佐々木夏子さんは、現地で8年にわたってオリンピックの反対活動に携わってきた。新著『パリと五輪』では、今回のパリ五輪に至るまでの前史から始まり、パリ五輪を利用した「グラン・パリ」(首都圏の空間再編プロジェクト)のためのジェントリフィケーション、気候運動とパリ五輪反対運動の連関、過剰な治安維持やオリンピックマネーまで、パリ五輪を多面的そして批判的に検討する。内容に多少の違いはあっても、オリンピックがもたらす「災害」は開催地に拠らないのだということが、とてもよくわかる。 今回の閉幕後、私たちは五輪をどのように感じ直すだろうか。そこから五輪に対する世論はどう変化していくのだろうか。「おそらく世界で一番詳しいパリ五輪(への批判的な)案内の書」。