92年ぶりメダル獲得の“初老ジャパン”が巻き起こした愛称論争。平均年齢41.5歳の4人と愛馬が紡いだ物語
以心伝心のコミュニケーションが生み出す「人馬一体」の魅力
そして、銅メダル獲得の快挙とともに、X(旧ツイッター)で「初老ジャパン」はトレンド入りするほど大きな注目を集めた。3年前の東京五輪の総合馬術個人決勝で、銅メダルにわずかに届かない4位に入賞している戸本は、夢にまで見たメダルを手にしながらこんな言葉を残している。 「僕のパートナーはフランス人なんですけど……」 これだけを聞くと、戸本がフランス人と国際結婚していると思われるかもしれない。しかし、馬術におけるパートナーとは選手たちの愛馬をさす。そして、ヴィンシーJRAと名づけられている戸本の愛馬が、乗馬や馬術競走馬として世界的にも評価が高いフランス産のセルフランセ種だった。 東京五輪でも一緒に競技に臨んだヴィンシーの性格を、戸本は目を細めながらこう語る。 「僕の馬は大きな舞台でようやく本気を出すというか、自分の仕事をしっかりと理解しています。今回も大きな会場に来て、やっと俺の出番がきたね、と言いたげな感じで頑張ってくれました」 さらにヴィンシーとの絆の深さを、馬術競技の特性や奥深さをまじえながら明かしている。 「このスポーツは乗っている人間以上に、馬がアスリートとなるスポーツなので、馬の体調管理はもちろん、怪我の心配といったものを常日頃からしています。自分以外の意思をもっているパートナーと同じゴールを目指すところに、僕はこのスポーツの魅力を感じています。同じゴールを共有できるように、普段から馬の首の部分などを触りながら『いまの動きはよかったよ』といった具合に話しかけています。僕はフランス語をしゃべれないので、日本語になりますけど」 戸本の言葉には、馬術競技が「人馬一体」と言われる理由のすべてが凝縮されている。公式記録などには選手の名前だけでなく、それぞれの愛馬の名前も必ず記される。パリ五輪を含めて表彰式には選手と愛馬がペアで登場し、選手だけでなく愛馬たちにもメダルが授与される。 理想的な馬と出会い、その性格を把握し、長い時間をかけて以心伝心のコミュニケーションを築いていく。濃密な経験も求められるだけに、必然的にベテランと呼ばれる選手も多くなる。 パリ五輪に臨む総勢409人の日本選手団のうち、最年長は7度目のオリンピックとなる障害馬術団体の杉谷泰造の48歳となっている。杉谷の22日後に生まれた岩も、パリ五輪が連続で5大会目の出場。そして、悲願を成就させた後に更新した自身のXで、こんな言葉を投稿している。 <感謝しかない。気をつけてイギリスへ戻るんだぞ。一緒にやりきったな。君はすごいパートナーだ。 たまに言うこと聞かないけど…帰ったら休養と人参が待ってるよ!> 貼りつけられた動画には、移動用のトラックに乗り込む愛馬、MGHグラフトンストリートが映っていた。銅メダルを獲得した数時間後には、拠点とするイギリスの厩舎へ愛馬たちが戻る予定がすでに入っていて、快挙を祝う食事会を催す前に愛馬たちを送り出す作業に追われたという。 ともに戦った愛馬を称え、感謝の思いをあらためて伝えながら、大岩はこう語っている。 「頑張った姿を思い出すだけでも、涙が込み上げてくるものがあります。しばらくは本来の馬へ戻ってもらうというか、放牧など自然に帰すような形で、のんびりと休養を取ってもらう予定です」