民主主義を機能させられないメディア 必要なのは“マスコミ”の新発明?
“王”に社会課題を正しく伝えていないメディア
新聞、テレビ、雑誌、ラジオ、ネットメディアなど既存メディアの現状は、「広告・アドネットワーク」と「テクノロジー」の2つのキーワードからほぼ説明できると考えます。 広告・アドネットワークは、視聴率、聴取率、PV(ページビュー)によって収益を得ることです。ネット出現以前、マスメディアは広告で莫大な収益を挙げることができましたが、ネットによるメディアの多様化によって参入企業が増える一方、収益も拡散する傾向にあり、マスメディアの収益性は低下しています。DeNAによる「WELQ問題」はメディアビジネスをトラフィックのみで捉え、信頼性の低い記事を量産する失敗でした。 テクノロジーは、個々人の属性分析を行うことでリアクションを促す技術の急速な進化です。昨秋の米大統領選でも指摘されましたが、ネット上に表示されるどんな内容のニュースを、どの程度の時間をかけて見ているか、反応しているかを分析することによって、個々人がより反応する(=広告効果が上がる)ようにニュース記事を送り出すことが可能になりつつあります。 「広告・アドネットワーク」と「テクノロジー」は両輪のように相乗効果を生み出しますが、これらは送り手である企業側の都合であり、受け手である私たちの都合や思いとは無関係です。このことがこうした既存メディアへの信頼が低下している背景であり、閉塞感の正体ではないでしょうか。 「次」のメディアの方向性は「現状」とは逆方向に見えてきます。それは、私たち一人ひとりにとって面倒な「情報収集」「分析」「意思表示」といった手間のかかる行為のサポートを行う機能であり、受け手側と一緒に「解」を考えるサービスとして事業が設計されていることです。
21世紀の民主制をコミュニケーションから再構築
経済成長を経た成熟社会において、誰もが民主制を使いこなす“コスト”が低下しないと、政治のことを考えるのは面倒を思う人々が「合理的な判断」のもとに増えてゆき、そうなれば、遠からず社会は行き詰まります。主権は私たちにあり、それを使いこなせていないのに政治に文句を言っても事態は好転しません。 記事を読んでもテレビ画面を見ても、私たちの社会の課題に対する解答が見えにくいのがメディアの現在です。例えば、社会保障問題や安全保障問題、景気と財政の問題などのさまざまな課題について、私たちはどのように考え、どんな選択をしたらいいのでしょうか。 20世紀後半から現在にかけて世界の富が増え、技術革新によって情報発信・受信の手段(メディア)が多様化し、だれもが言葉や反応を発信できるようになっているようにみえながら、民主制による社会の機能不全が浮かび上がっています。エネルギー政策や社会保障、少子化問題などは問題の先送りが何十年も続いています。解決策は、為政者が交代したりスーパーマンになったりするというよりも、コミュニケーションの再構築にこそあります。 この再構築は私たちの社会のさまざまな課題について、複雑な事象を解きほぐし、分析し、わかりやすく整理し続ける仕事になるので、これまでのメディアが必ずしも十分にやれてこなかった、新しい仕事といえるでしょう。 その新しい仕事の片鱗は、栃木県にある人口1万人余りの小さな町の取り組みに見ることができます。塩谷町は2年前に「塩谷町民全員会議」を立ち上げました。スマホやPCを活用し、町の課題を「情報収集」「分析」して選択式の設問に集約し、10代前半をはじめとする全世代と議員がこれに回答。こうして「意思表示」を行いやすくし、かつ回答結果をくり返しすり合わせることで、多人数、広域の戦略的な意思決定を促すものです。 社会の行き詰まりを回避し未来をつくる早道は「情報収集」「分析」「意思表示」をサポートする事業を新しい仕事として発明することで、21世紀を生きる私たちの民主制を、コミュニケーションデザインから再構築することにあると私は考えます。それは、政策形成につながる輿論調査(世論ではなく)とニュースの発展形が融合したサービスとなるはずです。
----------------------------- ■岩田崇(いわた・たかし) 1973年1月生まれ。「オープンな合意形成によってこれ らの社会に求められるイノベーションが実現する」との考えのもとに特許、メディア開発などを行う研究者、起業家。栃木県塩谷町では『塩谷町民全員会議』を開発、運営し、2016年マニフェスト大賞コミュニケーション最優秀賞を受賞。サイト