世界の被害年13兆円 横行する広告詐欺、あなたの会社も食い物に
ネット広告運用に司令塔
経済産業省が23年3月に実施した広告主向けアンケートの結果によると、花王のように対策システムを利用する企業の割合はわずか16%だった。 パナソニックコネクトの山口氏は「ネット広告は販売促進担当などの現場社員が始めるケースが多い。会社は全体像を把握できず、問題把握が遅れやすい」と指摘する。実際、パナソニックコネクトでも18年ごろまではネット広告の運用担当者が部署ごとに分散していたという。花王と同じように不適切なサイトに自社広告が出ていたことが発覚したのをきっかけに運用体制にメスを入れた。 ネット広告に精通した人材を外部から司令塔として招き、かじ取りを一元化。不正行為への対策システムを導入したほか、運用担当者たちをオンラインでチームとしてつないで勉強会を開き、リテラシーを高めた。 PMP(プライベート・マーケット・プレイス)と呼ばれる、メディアと広告主が限定された広告取引市場にも参入。優先的に広告を出稿すべきメディアをまとめた「セーフティーリスト」も作成し、広告の掲載先をリスト上のサイトに絞ることでブランド毀損リスクを減らしていった。 電通グループによると世界のネット広告市場は26年に4997億ドルと22年比で約1.3倍に増える見通し。広告詐欺で稼ごうとする者も増え続けている。無策のままでは手痛い損失を被ることになる。 次回は、誹謗(ひぼう)中傷や陰謀論で荒廃し、自由な言論空間としての魅力を失ってしまったSNSの現状に迫る。 広告詐欺、直視しない企業にも責任 日本アドバタイザーズ協会メディア委員会の山口副委員長に聞く 広告詐欺は2010年代から世界で問題視されてきたが、日本では十分に認知されていない。日本における発生率は世界平均の2倍超とのデータもあり、もはや看過できない状況だ。ところが被害を受けているはずの広告主における認知度が広告代理店やメディア企業と比べて最も低い。 企業の中でネット広告の運用担当者は各部門に分散していることが多く、しかも普段の仕事と並行してやっていることがほとんど。マーケティング部門がアカウントを一元管理することが多い欧米企業と比べ、日本では全社的なガバナンスを利かせにくい。この構造的問題が日本で広告詐欺が横行する要因となっている。ネット広告のシステムは非常に複雑だ。社内に専門家を育てなければいけないと確信している。 企業は自分たちが出している広告費が反社会的勢力に流れていることを重く受け止めなければならない。世界広告主連盟(WFA)は、いずれ広告詐欺が薬物取引に次いで2番目に大きい反社会的勢力の収入源となると警鐘を鳴らしている。 広告詐欺を野放しにすることは企業にとって重大なコンプライアンス(法令順守)違反のリスクであり、経営者が真剣に捉えるべき問題だ。放置すれば、ひいては民主主義の危機にもつながりかねない。センセーショナルなフェイクニュースを配信するサイトが広告費を不正に詐取している。災害時には、このような悪質サイトが特に増殖する。生成AIの登場で状況はさらに悪化している。 テクノロジーには世の中を良くする力と悪くする力の両方があるが、現時点では広告主と消費者にとってネガティブな面が強く出ている。こうした状況が続くのは、広告費という「ガソリン」が(リスクへの認識がないままに)注がれ続けているからだといえる。 反社会的勢力との関わり、フェイクニュースの助長、企業価値の毀損など、広告詐欺は複合的なリスクをはらんでいる。コンプライアンスの観点から、企業には積極的な対策を講じ、詐欺サイトに流れる広告費を止める責任がある。(談)
朝香 湧