警察庁の仮装身分捜査は「闇バイト」を一網打尽できる? 米FBIの潜入捜査との違いは? 元警視庁刑事の弁護士が解説
首都圏を中心に「闇バイト」による強盗事件が頻発しています。国民が主観的に感じる「体感治安」の悪化が著しい状況といえますが、警察庁は、こうした闇バイト事件について「仮装身分捜査」の導入を検討しています。 現行の制度下で、仮装身分捜査はどこまで実効性があるのでしょうか。警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する澤井康生弁護士は「闇バイト強盗の歯止めになる」と評価しています。米FBIの捜査と比較しながら解説してもらいました。
●米FBIで認められている「潜入捜査」は?
米FBIでは、アンダーカバー・オペレーション(いわゆる潜入捜査)という制度があります。これは1980年、当時のベンジャミン司法長官が署名した司法長官指針にもとづき展開されている捜査手法であり、主としてホワイトカラー犯罪や汚職、組織犯罪の捜査をおこなうために活用されています。 アンダーカバー・オペレーションは、FBI捜査官がテロ組織や犯罪組織に潜入捜査をおこなう場合、事前にFBI支局やFBI本部に申請して、その承認を得ることによって、一定程度の費用を投じて長期間(6カ月間以内)、犯罪組織内部に潜入し、場合によっては必要最小限度の違法行為への関与も認められる本格的な捜査手法です。
●闇バイトに身分を隠して応募する捜査手法
警察庁によると、現状想定されている仮装身分捜査としては、SNSにおける闇バイト強盗の募集に警察官が身分を隠して応募して、偽の身分証明書を提出して採用されます。その後、「雇われたふり作戦」で強盗の実行に加担すると見せかけて、集合場所に集まってきた他の共犯者を一網打尽に確保して、犯罪を未然に防止することがあげられます。 ここで懸念されるのが、法改正なしに仮装身分捜査は可能なのかということです。 日本で想定されている仮装身分捜査は、米FBIのアンダーカバー・オペレーションとは異なって、とりあえず偽の身分証明書で闇バイトに応募して、強盗の現場に集合してきた人を検挙する捜査手法です。これが強制捜査に該当するとしたら、特別法を制定するなど、法的な手当が必要となります。 この点、強制捜査とは「個人の意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」とされています(最高裁決定昭和51年3月16日)。 とすると、日本版の仮装身分捜査は、闇バイトに応募して強盗の現場に行くだけなので、強制捜査には該当しないといえます。任意捜査の枠内でおこなうことが可能ということになるでしょう(刑事訴訟法197条1項)。 ちなみに仮装身分捜査は、「おとり捜査」とは別物です。おとり捜査は「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するもの」とされています(最高裁平成16年7月12日)。 おとり捜査は、犯罪を実行するよう働き掛けたり(犯意誘発型)、捜査官が取引の相手方になるなどして相手方に犯罪を実行させる捜査手法ですが(機会提供型)、今回の仮装身分捜査は雇われたふりをして、すでに強盗の決意を固めた指示役と共犯者の元に集うだけですから、おとり捜査には該当しないと考えられます。