警察庁の仮装身分捜査は「闇バイト」を一網打尽できる? 米FBIの潜入捜査との違いは? 元警視庁刑事の弁護士が解説
●偽の身分証明書を作成してよいのか?
もう一つ問題となるのが、偽の身分証明書(運転免許証など)を作成する行為が、公文書偽造罪にあたるのではないという点です。通常人が実在人名義の文書と信じるに足りるものであれば、架空人名義でも偽造罪になるとするのが判例(最高裁昭和28年11月13日)の考え方です。 したがって、警察が架空人名義の免許証を作成する場合であっても偽造罪にあたる可能性があります。ただし、捜査目的であるということで、違法性が阻却されることになります。 刑法35条は「正当な業務による行為は罰しない」と規定しています。警察の捜査のため闇バイトグループに対して、偽の免許証を呈示する行為は、まさに正当業務に該当するといえます。 したがって、警察庁も説明しているところですが、偽の免許証を作成して闇バイトグループに呈示する行為は、違法性が阻却されて、適法な行為ということになるでしょう。
●闇バイトを一網打尽とすることはできるか?
「雇われたふり作戦」を展開して、闇バイト強盗に加担すると見せかけ、集合場所に集合します。そこには他の共犯者も集まっていることから、とりあえず、強盗予備罪の共同正犯ということで、全員を現行犯逮捕することは可能です。 強盗予備罪は強盗目的で何らかの準備をするだけで成立することから、凶器や手袋、ビニールテープ、結束バンドなどを用意するだけで、強盗予備罪として逮捕することができるからです。 これに対して、実際に強盗の実行に着手して被害品を強奪して、被害品を指示役に渡すところまで担当し、指示役に接触して検挙する方法も考えられますが、警察官が実際に強盗行為をおこなうことはできない以上、この方法はとりえません。 米FBI捜査官によるアンダーカバー・オペレーションは、場合によっては違法行為までおこなうことが可能ですが、日本の場合には法改正でもしない限りここまですることはできません。 たしかに強盗予備罪で現行犯逮捕する方法では、闇バイト強盗に応募してきた者しか検挙できず、必ずしも指示役の検挙にはつながりません。しかし、少なくとも、これから実行しようとする強盗の実行を阻止することができます。 現在進行形で起きている体感治安を悪化させる闇バイト強盗を阻止する効果がある以上、やるべきでしょう。また、警察が「雇われたふり作戦」を大体的に展開すれは、闇バイトグループも警戒して募集しづらくなるはずであり、間接的に闇バイト強盗に歯止めをかけることもできると思います。 以上より、仮装身分捜査は、法改正なしでも任意捜査としておこなうことが可能であり、その実行によって、少なくとも闇バイト強盗に歯止めをかけることができます。したがって、日本の警察としてやらない選択肢はないと思います。 【取材協力弁護士】 澤井 康生(さわい やすお)弁護士 秋法律事務所 警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(2等陸佐、中佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。