「人を2分間楽しませるのは大変なこと」江戸の奇術「手妻」とVRの共通点
人を2分間楽しませるのは大変なこと
一方、ゲームやドラマといった既存コンテンツとの共通点は、体験者の気持ちをコントロールするという点にあります。 たとえば、『サラブレッド・ザ・ライド』(新宿の上空などをかけめぐる競馬レースが楽しめるVRコンテンツ)では、新宿の高島屋から駆けおりる場面があるのですが、その前に、高島屋の上の方へのぼっていく最中は体験者が乗る木馬ブランコを後傾させ、次に駆けおりる時には前傾させています。たいして前に傾いていないのですが、一旦後傾してから前傾することで、感覚のギャップを作り出しているわけです。こういうアプローチはしばしば使います。 動きの配置にも気を配ります。たとえば、最初から坂を下る動きを入れるとその体感に慣れてしまうので、最後に似た動きを入れても印象が薄くなります。そこで、一番面白い動きを最大限に強く伝えるためには、どこに配置してどう見せればいいのかと考えつつ構成をつくるのです。 また、目の前の視界が広がる爽快感を演出するためには、その前に鬱蒼とした林を抜けていく場面を入れます。狭い場所を動くと同じスピードでも早く感じられます。そうやって起承転結のストーリーのうちに、常に新鮮な体感、感覚を感じられるようにしているのです。 人を2分間楽しませるのは、簡単なようでとても大変なことです。
「体験して面白い」は入口にすぎない
プロデュースする側は、体験者を楽しませて終わり、で終わってはいけません。クライアントはイベントの認知度の向上や、商品が売れることを求めており、それにVRがどう応えるかが問題です。体験して面白い、というのは入口にすぎないのです。 VRコンテンツの体験時間が2分、入替時間が1分として、1人が体験するのに3分かかります。1時間なら20人、8時間で160人。8時間のイベントで160人しか体験できないとなると、訴求効果が限定されていると考えるべきです。新宿の大きなディスプレイでCMを流して8時間で訴求できる人数と比べると、あまりにも差が大き過ぎます。 たとえば、『Hashilus』(複数人で乗馬レースが楽しめるVRコンテンツ)では、パカパカッと馬の走る音やムチの音がスピーカーから流れる中、体験者の楽しげに遊んでいる姿が周囲から見られます。こういうアトラクションは、プレイの様子そのものが魅力的で、実際に体験していない人でも、『何あれ、やってみたい』などと興味をひかれてSNSに写真を投稿するなど、訴求対象が体験者以外にも広がるのです。 三輪バイクのVR体験コンテンツでは、普通の二輪車より車体を傾けても倒れないという製品特性を持っていましたので、それをゲームに組み込んで、周囲から体験者を見た時にその特性が印象づけられるような企画を提案しました。 コンテンツの内容について、もしクライアントが『どうしてもそうしてほしい』と強く求めた際、それに問題点が含まれる場合は、要望を満たしつつ、より良い提案をするようにしています。言われたことをただそのままやるのは職人の仕事ではないと思いますし、クライアントの期待以上の提案を返すべきです。