イーロン・マスクの時間、普通の経営者の時間
スペースXはこのCOTSにファルコン1の技術を使ったもっと大きなロケット「ファルコン9」と輸送船「ドラゴン」で応募し、首尾良く採用される。ファルコン9は、ほぼ日本のH-IIAロケットと同規模のロケットだ。同社は開発資金を国から出してもらって、H-IIA規模のロケットを手に入れたことになる。 2010年からファルコン9は打ち上げを開始。ファルコン1よりサイズ・重量が大きい衛星の商業打ち上げ契約も獲得できるようになった。 普通に考えればここからは、「せっかく完成したのだから、商業契約を取ってファルコン9をどんどん打ち上げるぞ」の一択。ところがスペースXは違った。ファルコン9の大改良に猛然と取り組み始めたのである。ファルコン9の第1段を逆噴射で回収して再利用する研究開発を開始し、2014年には、第1段を回収しての衛星打ち上げに成功してしまった。 普通に考えればここからは、「第1段回収再利用で打ち上げコストを下げて、商業契約を取りまくって市場を独占するぞ」と考えるはずなのだが、次のスペースXの打ち手は「自分で巨大な打ち上げ需要を作っちゃえ」だった。4000機以上の通信衛星で構成される巨大衛星通信網「スターリンク」構想を立ち上げ、2019年から衛星打ち上げを開始。これでファルコン9の打ち上げ回数は激増する。年間20回を超え、50回を超え、今年、2024年は100回を超えるのではないかと予想されている。年間100回というのは、冷戦期の旧ソ連の打ち上げ頻度に匹敵する。 ここでスターリンクの通信サービスが商業的に失敗すれば、間違いなく経営危機となっていたはずだ。しかし「地球のどこにいても、ごくかんたんな地上側端末で毎秒数十から数百メガビットの高速通信を可能にする」というコンセプトが受けて、世界的に一気にユーザーが付いた。それどころか、ロシアのウクライナ侵略では、戦場でスターリンクが役に立つということが実証されてしまい、スペースXは米国防総省から軍事専用スターリンクの「スターシールド」の開発まで受注した。 普通に考えればここからは、「ファルコン9とスターリンクでボロもうけだ!」なのだが、次に始めたのが超巨大ロケット「スターシップ」の開発だった。 スターシップの最初の構想は2016年9月に「インタープラネタリー・トランスポート・システム(ITS)」の名称で発表された(これについては約8年前に記事を書いている→「姿を現したイーロン・マスクの火星移住船」)。そしてその時点で開発資金の調達方法はといえば、イーロン・マスク自身がプレゼンテーションに「Steal Underpants(パンツを盗む)」と、ギャグを入れるレベルだった。過激な内容で知られるテレビアニメ「サウスパーク」に登場する下着泥棒の妖精が、「フェイズ1、パンツを集める。フェイズ2……(無言)。フェイズ3、利益だ」と言うシーンからの引用だ。 ところがその2年後の2018年には、メキシコ湾に面するテキサス州ボカ・チカに、開発拠点のスターベースを設置してスターシップの開発を開始。2021年には、第2段の改造型である「スターシップHLS」が、米主導の国際有人月探査計画「アルテミス」の有人月着陸船に選定され、同計画から巨額の開発補助金を獲得することに成功し、今に至っている。 ●「普通に考えたらこうなるだろ?」 「普通に考えればここからは」というフレーズを繰り返して、イーロン・マスクとスペースXが“いかに普通ではないか”を時系列でまとめてみた。ここでの「普通」とは、「普通の会社なら」「普通の経営者なら」ということだ。 資本主義社会における普通の会社がどんなものかといえば、資本金を集め、それを元手にものをつくるなりサービスを展開するなりして収益を得る。収益は一部を再投資し一部を従業員に還元し、一部を株主へ配当する。だから、ほぼすべての経営者は収益の最大化を目標として努力する。 が、イーロン・マスクとスペースXは「資本主義社会における会社」としては振る舞っていない。ちなみにスペースXの株式は2024年6月現在、非公開だ。市場価値は約2000億ドルとされており、この5月には近日中に一部株式売却かという臆測が流れた。 逆にスペースXの起業から現在までの動きをイーロン・マスクの側に立って見ると、全部「当たり前じゃないか」となる。なぜなら、イーロン・マスクは、スペースX起業の時点から一貫して、自分の究極の目標として「火星への植民」を掲げているからだ。