「当時はイライラしてました」堂安律が気づいた足りないもの。「理想だけを求めていた」サッカー日本代表での変化
●「当時はイライラしていた(笑)」「自分自身甘かったなと」
サッカー日本代表は5日、FIFAワールドカップ26アジア最終予選(3次予選)で中国代表と対戦する。3年前の同月に行われた前回大会の最終予選初戦では、ホームでオマーン代表に0-1で敗れ、黒星発進となった。堂安律は苦しみを味わった前回の予選やアジアカップの敗退を振り返った。 【画像】サッカー日本代表、中国戦の予想フォーメーション 「飛行機の中から(前回の)最終予選を振り返りながら、自分自身甘かったなと思っているところがたくさんあった。やっぱりアプローチのところでね。技術では間違いなく日本が勝てると思っているので、試合の入り方とか、抜け目なくやっていく必要がある」 2021年9月、オマーン代表を吹田スタジアムに迎えた日本代表は、試合終盤の失点が決勝点となり、0-1で敗れている。堂安は伊東純也に代わって途中出場しており、ピッチで敗戦を告げるホイッスルを聞いている。 それから3年が経った。FIFAワールドカップやアジアカップで酸いも甘いも経験した。堂安自身も代表から外れた時期も経験しながら、また不可欠な存在になりつつある。オマーン代表に敗れた3年前は、日本代表でも当落線上をさまよっていた時期だった。 「単純に実力が足りなかったし、得点やアシストもなかった。かわりに純也くんが間違いなく救世主の働きをした。今思えば理解できますが、当時はイライラしていた(笑)。客観的に考えて自分に足りなかったものはワールドカップ前にはもう気づいていましたし、そこから向き合いながらやっていた」 ワールドカップの5か月前、堂安は環境を変えた。その決断がワールドカップでの活躍や、その後のキャリアに繋がっていることは言うまでもない。
●当時は「理想だけを求めていた」
2011/12シーズン途中から長きに渡ってフライブルクを指揮してきたクリスティアン・シュトライヒ監督は例外なく堂安にも攻守に渡るハードワークを求めた。クラブ史上2番目に高額だった850万ユーロ(約12億円)を投じて獲得したレフティーは、その高い要求をクリアしていき、躍進の立役者の1人となった。 22/23シーズンはブンデスリーガで33試合に出場して、5得点6アシストを記録。欠場はわずか1試合で、実に30試合が先発出場だった。昨季も欠場したのは日本代表としてAFCアジアカップに参加した期間だけで、シーズン終盤にはリーグ戦ラスト9試合で5得点を挙げる活躍を見せている。昨季終盤はウイングバックでプレーした時期もあり、守備的なタスクを求められながらも持ち味を発揮している。監督が変わった今季は、本職のウイングにポジションが戻り、開幕節でゴールを決めている。 フライブルクやワールドカップで活躍した一方、今冬のアジアカップではベスト8敗退という苦い経験もした。「圧倒的に優勝したいという理想がある中で、理想だけを求めていた」と当時を振り返る堂安は、「泥臭くても勝ち切る。きれいなサッカーで点を取らなくてもいい」と現実と向き合う大切さを改めて感じたと言う。 3年前に敗れた最終予選初戦で、3年前に日本代表を倒した監督と再び相まみえる。しかし、堂安は3年前とは違う。もちろん、その成長ぶりを森保一監督も評価しているはずだ。一時は代表メンバーから外れるほど序列は下がってしまったが、フライブルクでの活躍に比例するように、日本代表での立場も再び上げてきた。 「森保さんとは、僕や(南野)拓実くんがたぶん一番長いし、東京オリンピックを入れたら冨安(健洋)も長い。あんまり多くを話さなくても何を求めているか、何を気にしているかはだいたい分かる。そういうのもふまえて、しっかりチームとして引っ張っていきたい」 3年前に「救世主の働き」をした伊東が代表に戻ってきたが、堂安もまた期待に応える準備を整えている。「雰囲気もいいので、期待してもらえたらな」と自信を漂わせた。 (取材・文:加藤健一)
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