東京駅「丸ノ内駅舎」を設計した「辰野金吾」稀代のデザイン力 都市の“シンボル”を生み出した才能の源泉とは
『【推しの子】』の看板に圧倒される
翻って現代の東京を見渡すと、目に付くのは実に退屈な建築ばかりだ。戦後、東京の都市景観に大きな影響を与えたのは丹下健三であるが、丹下設計の東京都庁舎やフジテレビ本社以降、2000年に入ってからはシンボリックな建築が登場していない。表参道のブランドのブティックには秀作があるが、多くがケヤキ並木との調和を意識しているためか、シンボルにはなり得ていない。 思えば、「新国立競技場」はインパクトの強いザハ・ハディドの案が世論によって潰されてしまった。あれが完成していたら間違いなく東京の1つのシンボルになったと思うのだが、非常に残念である。江戸城の天守閣を再建しようという運動が盛り上がりに欠けるのは、東京にランドマークが求められなくなったためかもしれない。建築が力を失ってしまった今の東京を辰野が見たらどう思うだろうか、と考えずにはいられないのである。 以前、そんなことを考えながら渋谷センター街を歩いていたら、『【推しの子】』の星野アイのイラストが飛び込んできた。この絵はアニメスタジオの動画工房が手がけたもので、ベースになったのは漫画家の横槍メンゴ氏が描いた『【推しの子】』1巻の表紙絵である。カラオケ店や飲食店の看板が氾濫するセンター街の雑踏の中でも特別な存在感を示しており、圧倒され、しばし見入ってしまった。 近年のアニメブームで、いたるところでアニメキャラをあしらった広告を目にするが、鮮烈さ、インパクトで言えば『【推しの子】』に勝るものはない。筆者は『【推しの子】』の絵に辰野の建築を彷彿とさせる迫力を感じた。大阪の道頓堀ではグリコの看板がシンボルになっているが、令和の時代は建築よりも漫画やアニメのイラストのほうが東京のシンボルになり得るし、ふさわしいのかもしれない。
ライター・山内貴範 デイリー新潮編集部
新潮社