【毎日書評】スポーツを「行動経済学」の視点から分析してみたら…見えてきた意外なこと
『行動経済学が勝敗を支配する 世界的アスリートも“つい”やってしまう不合理な選択』(今泉 拓 著、日本実業出版社)の著者は、スポーツを題材に行動経済学を研究しているという人物。データ分析と大学での研究をもとに、行動経済学とスポーツ分析を掛け合わせたスポーツの発展や技術向上に注力しているのだそうです。 ご存知のとおり、行動経済学は心理学と経済学を融合した学問。そのためスポーツとは縁遠いようなイメージがあるかもしれませんが、どうやらそうではないようです。スポーツのデータは行動経済学の研究において、非常に大きな意味があるというのです。 スポーツは人間の心理が色濃く反映し、正確なデータが豊富で、行動経済学を研究するのに適しています。さらに、スポーツ好きな方なら一度は経験したことがある「どうしてあの場面で〇〇(のプレー)をしてしまったんだ!」といったケースは、実生活やビジネスでも起こりうる行動心理が少なくありません。(「はじめに」より) そこで、日常的にスポーツを題材とした行動経済学を研究する著者は、難しい理論を解きほぐすことを目的として本書を著したわけです。 特徴は、①スポーツ事例と先行研究で各章1つのトピックを深掘りしていること、②認知バイアスによる影響や損失額を数字で示している点、③多種多様なスポーツで、実際の事例を紹介している点の3つ。 70以上の文献を紹介しながら、「損失回避バイアス」「ナッジ」といった6つの主要トピックスについて、図表や事例を交えながら解説しているのです。 また、スポーツを例に紹介することで、「なぜバイアスが発生するのか」「どのような状況で発生するのか」「誰がどの程度影響を受けるのか」がわかりやすくイメージできます。(「はじめに」より) きょうは豊富に用意されたコラムのなかから、興味深い2つのトピックスを抜き出してみたいと思います。
スモールベースボールで勝率は上がる?
野球においてはご存知のとおり、ホームランのように勝率を大きく高めるプレーだけでなく、送りバントや盗塁に代表される“小技”が存在します。それら小技のメリットは、使う場面次第では勝率を高めることができるという点。そのため、ときには機動力や小技が重視することになる。スモールベースボール(スモールボール)と呼ばれる戦略です。 日本の球団のなかでスモールベースボールを掲げて強かったのは、V9を達成した読売ジャイアンツや森祇晶監督時代の西武ライオンズが挙げられます。ただし、これらのチームは、王貞治や長嶋茂雄、清原和博、秋山幸二らといった球界を代表する長打力も兼ね備えていました。(66ページより) 小技重視と長打力重視では相反するものであるだけに、一見すると矛盾しているようにも思えるかもしれません。また、最近は長打の重要性がデータで示されており、小技が軽視されている印象もあることでしょう。 しかし、意思決定という観点から捉えなおせば、スモールベースボールとビッグベースボールは両立できる。著者はそう考えているというのです。なぜなら、小技という手札をつねに持っていること、すなわち「小技を使うか考えた結果、実行しない」という意思決定のプロセスの存在が大切だから。 たとえば、送りバントをするか毎度考えることで、(稀に訪れる)有効な場面ではきっちり送りバントをして、勝率を高めることが考えられます。小技のような小さな勝率を積み上げるチャンスを、決して無駄にしない姿勢こそが現代のスモールベースボールといえるのではないでしょうか。(66ページより) 適切なタイミングで小技を繰り出す「良質な意思決定」が重要な意味を持つわけで、それはたしかにビジネスの世界にもあてはまりそうです。(66ページより)