F1界に戻ってきたトヨタ 15年ぶり、ハースと提携
トヨタの15年ぶりとなるF1参画が始まった。「TOYOTA GAZOO Racing(TGR)」とハースF1チームが車両開発分野や若手ドライバー育成で協力し、業務提携することで合意。10月11日、トヨタ自動車の豊田章男会長らが記者会見で発表した。(時事通信運動部 佐々木和則) 【写真】厳しい表情でF1撤退を発表するトヨタ自動車の豊田章男社長と、目頭を押さえる山科忠専務=2009年11月 ◆「TGR」ロゴ、ハースのマシンに 米テキサス州オースティンで10月18~20日に開催されたF1米国グランプリ(GP)。会場のサーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)に「TGR」のロゴをまとった2台のハースF1のマシンが勇姿を見せた。ノーズとリアウイングの背面、サイドミラーに「TGR」のロゴ。約1週間前に発表されたTGRとハースの業務提携に基づくものだ。 モータースポーツの最高峰、F1世界選手権シリーズにトヨタが戻ってくるのは、単独チームとして2002~09年に参戦して以来となる。今回は車体やエンジンを含むパワーユニット(PU)の製造元ではない「参画」となるが、世界のトヨタがF1界に戻ってきた事実に変わりはない。 ◆「互いをリスペクトする心」 ハースの小松礼雄代表はCOTAで、こう話した。「まだトヨタとのコラボレーションは始まったばかり。豊田章男さんとは6月のカナダGPの前に初めて会ったが、10年前からずっと知っているような感じだった。彼のパッションやエナジーがひしひしと伝わってきて、私にも自分なりの思いがあって、それが共鳴した」 提携発表の記者会見で述べた内容を再び口にした上で、熱っぽく語った。 「この業務提携を成功させるにはお互いの利益が50対50になること。どちらが1ミリでも多く利益を得ようとしたら、それはうまくいかない。お互いが相手をリスペクトする心が成功へのキーポイントになる」 ◆したたかに、日米伊のコラボ 米国が拠点のハースはF1参戦9年目。小松代表いわく、「F1グリッドで一番若く、一番小さいチーム」。F1界屈指の名門、フェラーリ(イタリア)からカスタマーPUの供給を受ける。ここに車両開発や若手ドライバーの育成などを担うTGRが業務提携の形で参画。日本、米国、イタリアと3カ国にわたるコラボが形成された。 TGRの参画は、小規模で資金的にも潤沢ではないハースのスタッフにとっては、まさに「青天のへきれき」だろう。小松代表が合意前に提携話が進んでいることを伝えたところ、「チームのみんながすごく喜んでくれた」という。代表自身も「TGRとの提携は大きくステップできる、ポジティブなもの」と捉えている。 トヨタにとっても、今回の「F1参画」は現状、フル参戦やPU供給で必須の数十億円から数百億円規模の資金を伴わず、世界的な注目を集め続けるF1で再び社名を露出できる意味は大きい。米国では現在、F1人気がうなぎ登りだ。1国1GPが基本の中、米国GPに加え、マイアミGP、ラスベガスGPと年3回ものGPを国内で開催する異例の注目コンテンツとなっている。トヨタにとっても米国は最大のマーケット。経営面に全く負担のない規模の提携で、したたかに最高峰の舞台に戻ってきた印象だ。 ◆豊田会長、積年の思い吐露 レーシングドライバー「モリゾウ」の顔を持ち、モータースポーツへの熱い情熱を持つ豊田会長は09年のF1撤退時に社長を務めていた。業績が回復した後も「私が社長をやっている限り、F1復帰はない」と言っていたが、今回は長年、胸の内につかえていた思いを吐露する場面があった。 富士スピードウェイのお膝元、静岡県小山町で行われた提携発表会見。昨春、会長に就いた豊田氏は「ホンダにいるレーシングドライバー、ずっとトヨタにいるレーシングドライバーもいる。みんなが、世界一速い車に乗りたいと思っている。ドライバーはそういう生き物。ですが、(社長の時に)私はF1をやめた人。ドライバーたちは私の前でその思いを素直に話すことはできなかったんだと思う。そんなわだかまりみたいなものが、われわれのピットにはずっとあった」と切り出した。 「今年の1月、やっと普通の車好きのおじさんに戻れたと皆さん(報道陣)の前で話した。普通の車好きのおじさん、豊田章男。F1撤退で、日本の若者が一番速い車に乗る道筋を閉ざしてしまっていたことを心のどこかでずっと悔やんでいたのだと思う」 ◆経営者の自負、そして今は その上で、「記者の皆さんが目を光らせているので付け足しますが、トヨタの社長としては、F1撤退の決断は間違っていなかったと今でも思う」ときっぱり。経営者としての自負をのぞかせた。 「当時はもっといい車をつくろうよ、というのではなく、もっと大きな会社をつくろうよ、というトヨタ自動車があったような気がする。もっと大きい会社をつくろうよ、会社の目的が売上高とか、利益とか、ああいう活動(F1)があまり適さないということを社長として判断した。今は、もっといい車づくり、モータースポーツを起点にしたもっといい車づくり、という会社に変革してきている。そのためにはそれを担う人が必要。ゼロからかマイナスからかもしれないが、人づくりから始めるトヨタの決意をぜひ応援してほしいと思う」 ◆小松代表、「巨人」に臆せず 自動車界の巨人、トヨタを再びF1に引き入れる役を担った小松代表。豊田会長との初対面では、忌憚(きたん)のない思いをぶつけた。 「豊田さんに会う前、トヨタは堅苦しい大きな会社。(豊田さんは)そこの頂点。官僚的で嫌な、何をやるにも時間がかかって。遠くから見て(F1を)やめた方。何でやめるんだと。文化をつくっていかないといけない。それなのに日本のメーカーは行ったり来たり、行ったり来たりしている。そういうのは本当にやめてほしい―。そんなことも初対面で打ち解けて疑問を話した。本当ならあり得ない。トヨタの会長さんにそんな話はできないが、いろんなこと、打てば響き、すごく楽しい会話ができた」