日本の若者にも寝坊のススメ、成績にも健康にも好影響 ポジティブな報告続く
学校の始業時間を遅らせる調査の研究結果、社会的コストの増加が課題
もうすぐ新年度が始まる。春休みで気が緩んで夜更かしをした学生さんにとっては、登校が始まる新年度は朝起きるのが辛いシーズンでもある。 「病気を生む顔」になる食べ物とは 画像5点 多くの若者にとって朝は辛いが、それにはちゃんと理由がある。第一に若者は必要睡眠時間が長い。登校のために起床時刻は決まっているので必要睡眠時間が長い分だけ早寝をしなくてはならない。 高校生ともなると通学に時間がかかるためさらに早寝する必要があるが、これが難しい。なぜなら睡眠には「夜更かしはできるが早寝ができない」という特徴があるからだ。眠気に抗して頑張って起き続けることはある程度まで可能だが、眠気の出現時刻は体内時計(概日(がいじつ)リズム、サーカディアンリズム)で概ね決められており、眠気が来なければ頑張っても眠ることはできない。 加えて思春期から青年期(11歳~20歳頃)にかけては元々早寝が難しい年代でもある。これが若者にとって朝が辛い第二の理由である。 青年期は体内時計が一生の間で最も夜型に傾くことが分かっている。夜型に傾くとは、睡眠をはじめ体温やホルモンなど様々な生体リズムのタイミング(位相)が遅くなることを指し、必然的に眠気が訪れる時刻も遅くなるため夜更かしになりやすい。 その結果、睡眠不足のまま起床時刻を迎え、目覚めにも苦労する。慢性的な睡眠不足が若者の心身の健康、例えば認知機能や意欲の低下、衝動性の高まりによる危険行動などのネガティブな影響を与えることは多数の研究で明らかになっている。 このような青年期の睡眠と体内時計の特徴は発達に伴う生理的なものであり、「気合い」だけでは乗り越えるのは難しい。そのため、「米国学会が若者に“寝坊のススメ”」でも紹介したように、米国小児科学会は若者に早起きを強要するのは望ましくないとして、学校の始業時間を遅らせて睡眠時間を確保するように提言している。
コロナ後の学校再開でも遅い始業時間で成績の向上を確認、夜型傾向の強い学生にはより大きな恩恵
「米国学会が若者に“寝坊のススメ”」を紹介したのは10年前の2014年だが、その後、学校の始業時間を遅らせる(later school time)ことが若者の学業成績や精神的健康に与える影響について世界中で多くの調査が行われている。これまでの研究結果をまとめると、later school timeで、抑うつや不安、ストレス症状が軽減する、意欲や注意力が向上する、授業中の居眠りが減り、出席率が増加し、成績が向上する、欠席や遅刻、懲戒処分を受ける学生が減る、交通事故が減るなどのポジティブな成果が報告されている。 一方で、later school timeは一部の中学や高校、学年単位で行われているため、通常時刻に始業している生徒達とのスケジュールのズレが生じるなどの問題もあるようだ。また、始業時刻を遅らせることで、たとえばスクールバスの運行時間を延長しなくてならない、教職員の勤務時刻の調整が必要になるなど社会的コストを伴うため、政治的な決断も必要になる。 米国で始業時刻を遅らせる法案を初めて可決したカリフォルニア州も、法案が提出された当初は教職員組合や一部の学区の強い反対があったという。州知事の強い指導力で可決し、現在ではlater school timeのメリットについて多くの理解が得られるようになっているそうだ。 とはいえ同じ試みを行うことは容易ではない。しかし新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにより期せずしてlater school timeを行うことになった学校が世界各国にある。 例えばイタリアでは、パンデミック対策のロックダウンにより全国的に6カ月間休校となったが、2020年9月に学校が再開された。対面授業を再開する際に生徒の密集を防ぐために同学年の複数のクラスで始業時刻を異ならせる措置をとった高校の中からテスト校を選び、通学する高校生を対象にしてlater school timeの効果を検証した研究が最近報告された 。 この研究に参加したのは高校1年、2年生の学生232名で、107人(46.1%)が従来通りの始業時間(午前8時)、125人(53.9%)が始業時刻を遅らせて(午前9時40分)対面授業を再開した。その結果、始業時刻を遅らせることはやはり学業成績の向上に寄与することが示された。この高校は理系の高校であるため、特に理系科目の成績向上が目立ったという。またその効果は学生のクロノタイプ(朝型夜型指向性)を考慮に入れて解析するとより顕著であったという。つまり夜型傾向の強い学生はより大きな恩恵を受けたという。 必要睡眠時間もクロノタイプも個人差がある。画一的で、かつ若者の睡眠生理にマッチしない早い始業時刻は再考の余地があると個人的には考える。「朝型勤務がダメな理由」でも論じたが、こと睡眠に関しては気合いで乗り切れると考える(特に年配の)人々がいる。もちろん決められた始業時刻に合わせて起床する個人の努力も必要だが、年代や個性の多様性に合わせてライフスタイルを最適化する柔軟性や優しさのある社会になってもらいたい。
(三島和夫 睡眠専門医)