増え続ける「非正規」…ここ30年、「成果主義への転換」がもたらした混乱と課題【経営学者が解説】
福利厚生や退職後の生活設計などは、より「自己責任」なものへ
最後は、福利厚生制度の変化である。 福利厚生制度には、在職期間だけでなく退職後の生活に及ぶものも含まれる。高度経済成長期以降の日本企業は、現金給与以外にも退職金や老後生活の糧である年金、社宅・健康保険・療養施設・住宅ローンの利子補給など多額の福利厚生費を負担してきた。平成不況前半期には、これら支出が増大し、総額人件費として企業経営を圧迫するようになりつつあった。加えて、これら福利厚生制度が多様化する労働者のニーズにマッチしていないことも問題であった。 そのため、企業が負担しきれない状況が予測されることから大幅に減額されたり、一律支給ではなく会社への貢献度によって退職金を査定するポイント制退職金や、退職金を月次給与の中に組み込んで支払う退職金前払い制度を採用する企業も登場した。また、全社員に一様な福利厚生制度を適用するのではなく、多様化する従業員ニーズを個別に満たすカフェテリア・プラン(*10)などの施策を取り入れるようになった。さらに、年金ファンドも、個々人の状況に合わせて選択できるようにもなった。 このように、日本的経営の変化と共に、福利厚生や退職後の生活設計なども、画一的で硬直的なシステムから弾力的で選択的な制度へと変化すると同時に、以前と比較して、より自己責任が求められるようにもなったことは確かである。 ----------------------------------------- 【注】 *1) パートタイム労働者には、時間パートと呼称パートの二つのタイプがある。彼らは一般労働者より労働時間が短く、通常週35時間未満の労働者をいう。森岡孝二『雇用身分社会の出現と労働時間』によれば、パートタイム労働者は有期雇用の低賃金労働者である。 *2) 派遣労働者は、1985年に成立した労働者派遣法によって合法化された。当初、適用業種が限定的であったが、1996年の改正で26業種にまで広がるとその後対象業種が拡大された。 *3) 1985年の「男女雇用機会均等法」以降、育児・介護休業法やパートタイム労働法などが次々制定され、女性が働きやすい法整備がなされてきたこともあって、現在では、女性就業者のうち9割が雇用者であり、共働き世帯も65%以上を占めるに至っている。 *4) 厚生労働省、「就業形態の多様化に関する創業実態調査報告」、2003年 *5) 前掲書 *6) 2020年、政府は就職氷河期世代の不本意非正規社員への対応をスタートさせている。しかしながら、その対応が遅きに失していると感じるのは、当事者である同時代の卒業生と、彼らを世に送り出した老教員だけであろうか。 *7) JILPTが2004年に従業員数200人以上の企業を対象にして行った調査、「企業の経営戦略と人事処遇制度などに関する総合的分析」である。 *8) 職能資格制度とは、個人の技能・知識・経験などの職務遂行能力に基づいて、従業員を評価し、社内での格付けが決定される制度であり、給与もそれに応じて支払われる。職能給制度は、職務内容が詳細に決められ給与が支払われる職務給に比べて自由度が高く、人材を機動的に配置することができ、従業員の能力開発意欲を引き出せるなどのメリットがある。成果主義が声高に言われたこともあって、職能資格制度に占める年功序列の割合はかなりの程度、払拭されてきたことは事実である。今に至って、それが完全に払拭されたかといえば、「その通りだ」と断言できないのも事実である。 *9) 自社株をあらかじめ決められた価格で買うことのできるストックオプション(自社株購入権)などの高額報奨金制度である。 *10) 企業が設定した福利厚生メニューの中から従業員が付与されたポイント内で、好きなものを選択できる制度である。1980年代米国で生まれた制度である。 ----------------------------------------- 岩﨑 尚人 成城大学経済学部教授、経営学者 1956年、北海道札幌市生まれ。早稲田大学大学院商学研究科博士課程後期単位取得満期退学。東北大学大学院経済学研究科修了、経営学博士。経営学の研究に加え、企業のコンサルティング活動に従事。主な著書に、『老舗の教え』『よくわかる経営のしくみ』(ともに共著、日本能率協会マネジメントセンター)、『コーポレートデザインの再設計』(単著、白桃書房)などがある。
岩﨑 尚人