増え続ける「非正規」…ここ30年、「成果主義への転換」がもたらした混乱と課題【経営学者が解説】
雇用形態の多様化と非正規社員枠の拡大
同時に、さまざまな矛盾や混乱、課題と限界を孕みながら、平成を通じて人事制度にも少しずつ手が加えられた。 第一は、「雇用形態の多様化」と、それに伴う諸制度の変更である。 終身雇用制度の下では、4月の新年度とともに新卒一括採用制度によって採用されたフレッシュマンが、ほぼ同じスタートラインに立って企業人としての人生をスタートさせるのが恒例であった。基本的に、従業員の大半はそれ以前に職務経験がなく、例外的に中途採用者がいたとしても、彼らのほとんどは主流ではなく傍流の外様扱いで、昇進や昇格の面で不利な扱いを受けることが通例であった。 しかしながら、1990年代半ばを過ぎた頃から、特定の技能や能力、経験を有し即戦力として期待される「経験社員」が中途採用や通年採用で募集されるようにもなった。しかも主流派の中に組み込まれることも珍しいことでなくなってきた。さらに、平成不況の厳しいコスト削減圧力の下で、人件費の変動費化を促すことを目的に正規雇用の正社員の採用を抑制する一方で、パートタイマー(*1)やアルバイト、期間契約や業務契約によって仕事に従事する契約社員、他企業から派遣される派遣社員(*2)など「非正規社員」を採用して労働力を賄うようになってきた。 元来、非正規社員とは期間工のように需要変動に応じて生産量を調整するために採用されてきたが、コンビニエンスストアやフードサービスなど非正規社員の労働力に依存する業種・企業が急増し需要が極端に高まったのである。さらに、自社内で囲い込んでいた社内業務を外部企業に委託するアウトソーシングを取り入れるようにもなったことで、専門業務を処理する新たな労働市場が誕生した。こうした環境変化で雇用形態の多様化が進んだ結果、定期採用、終身雇用を前提としてきた、わが国の人事制度に風穴が開けられたのであった。 こうした雇用形態の多様化と非正規社員枠の拡大は、女性労働者の雇用拡大や産業構造転換を口実にして、当初ポジティブに評価された。専業主婦が中心で「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という性別役割分担が支配的であった平成初期に至る社会背景の中で、「専門的資格・技能の活用できる」、「時間的都合がよい」、「家計の補助になる」、「組織に縛られない」という理由で働き方の多様化は魅力的であった(*3)。しかし、時を経るにつれて、非正規社員制度に対してネガティブな評価が目立つようになった時期のあったことも事実である。「正社員としての就業機会のなさ」を挙げる不本意非正規社員の割合が(*4)、2003年には30%台へと大幅に上昇した時期である(*5)。バブル崩壊直後から2004年まで続いた「就職氷河期」の余波であった(*6)。 こうした批判の一方で、2010年を超えても非正規社員は増加し続け、不本意非正規社員の割合が少なからず減少した。というのも、学生や主婦が、時間や勤務地などのために非正規雇用を選択しているからである。このように、パートタイマーやアルバイトといった短時間非正規労働者の存在が、日本の人事システムの変容に多大なる影響を与えていることは確かである。 他方、近年になって、雇用の多様化は正規社員の多様化にも及んでいる。これまで日本企業の正規社員は、メンバーシップ型雇用制度の下で、無期雇用、フルタイム、直接雇用に加えて、職務、勤務地、労働時間(残業)が特定されていない無限定社員であることが特徴であった。しかし、近年ジョブ型雇用制度が強調されるにつれて、職務や勤務地、労働時間が特定される限定社員制度が拡大しつつある。従来の一般職正社員に加えて、エリア社員、時給正社員などの制度も広がってきた。無限定社員との待遇差など課題があるものの、正社員の多様化も進んでいるのである。