「雑談のない職場」が致命的にダメである納得理由 環境を変えるだけでイノベーションが生まれる
ところが、新しいビルには中央部に会合をする場所がなかった。1980年代の建築家は、そうした空間を無用と考えていたからだった。それは仕事には「かかわりのない」もので、仕事の一部ではないからということだった。 結果として、以前のような個人的な接触の機会が、会議での他の重要な議題の合間に詰め込まれた。情報やアイデアの流れが重要な社会的側面を失い、わずか数カ月前には成功をきわめたユニットはまるで魔法が解けたように失速した。
画期的なアイデアが生まれるかどうかは、協調、近接度、人々の集まり、多様な視点……そして思わぬ発見や幸運(セレンディピティ)にかかっている。 これらの条件はどれも単純に義務化したり押しつけたりすることはできない。それでも、相互のつながりのための空間と互いのための空間を用意すれば整えることができる。 ■伝説となっている研究所の環境 こうした空間がどれほど重要であるかは、伝説となっているケンブリッジ大学のイギリス医学研究局の分子生物学研究所によって実証されている。この研究所の創立については、今一度語られるべきだろう。
1950年代に研究所の建設計画に携わった設計者たちは、平等の精神が重んじられる戦後の世界では共同レストランはもはや時代遅れだと考えた。 しかし、研究所を創立した生化学者のマックス・ペルーツの考えは違った。彼は共同レストランの設置を主張したばかりでなく、そこでは(タダでなくとも)上質で安価な食事を提供すべきだと要求した。 この条件のどちらが欠けても、研究者たちはサンドウィッチを自分の机の上で食べて、互いに話すことがないだろうというのだった。
彼の見解の正しさはある明確な統計によって確認された。最新のデータによれば、この研究所は27人のノーベル賞受賞者を輩出している。 言い換えれば、イギリス医学研究局の分子生物学研究所は大学ほどの研究者を抱えていないにもかかわらず、ノーベル賞受賞者の数において世界でトップ25の大学と肩を並べているのだ。 そのレストランでの幸運な出会いがあったために、非常に効果の高い新型コロナウイルス感染症のワクチンが、それまでのmRNA研究のおかげであれほどのスピードで開発されたのだ。