得点パフォの“Yの字“「彼女のイニシャルです」 1つ上大学生の前で…最後の日に取れた殊勲弾
東福岡3年生のエースFW伊波樹生、大会3戦目で安堵の一撃
1月2日、浦和駒場スタジアムで行われた第103回全国高校サッカー選手権大会3回戦で、3年ぶりに出場した東福岡(福岡)が、阪南大高(大阪)を1-0で下し、ベスト8に進んだ。虎の子の1点を挙げたのが、2試合続けて無得点だった3年生のエースFW伊波樹生だ。 【実際の映像】口元の“Y“「彼女のイニシャルです」…名門エースが見せた殊勲弾後のゴールパフォーマンス 先発した尚志(福島)との1回戦は、後半23分までピッチに立ってシュート1本。正智深谷(埼玉)と対戦した2回戦も後半11分に退くまでに1本しか打てなかった。ストライカーの象徴でもある背番号9を着用したエースは苦しんだ。福岡県予選では3試合で3得点したが、全国大会は勝手が違うのか……。 昨春就任した卒業生でもある平岡道浩監督も、「この2試合は(相手DFを)押し込むことができず、表情はかなり暗かった」と気を揉んでいたそうだ。 それでもまた、3試合連続で先発の陣容に起用する。「練習の調子もいいし、そろそろやってくれると思った」と笑顔で答えた。 そんな指揮官の予感が当たりそうな場面がいきなり訪れる。前半2分、稗田幹男の右クロスを右足で捕らえた一撃は、わずかに左ポストの外側を通過していく。だが同8分の右足シュートは、確実に枠を捕らえてゴール左に突き刺した。変幻自在のドリブラー神渡寿一が左から中央へ運び、すぐそばにいた伊波に最終パス。エースは「しっかりキーパーを見て冷静に決められました。これまで悔しい思いがあったのでほっとしている」と男前の顔が笑みでさらに柔和になった。 ゴールを決めると両手で「Y」の字を口元に作って大喜びした。 「彼女の名前のイニシャルなんです。1つ上の大学生。1回戦から応援に来てくれたのですが、全然取れなくて。今日帰っちゃうので最後に取れてめちゃくちゃ嬉しい」 中学時代は所属したcasa okinawaU-15で活躍し、東福岡から声を掛けられたが、伊波は「練習も厳しいと聞いていたし、ヒガシには行きたくなかった。サッカーは中学で辞めようと思ったんですが、両親に説得されて入学しました」と3年前を振り返る。 ところが進学してからはサッカーのムシになり、寝ても覚めてもサッカーのことしか考えない生活になった。「もちろんトレーニングは厳しいけど、それ以上に楽しい。辞めないで良かった。実は授業中もサッカーの動画を見ているんですよ」と言って笑わせた。 1、2回戦とも思ったようなプレーができず「面白くなかった」と、たそがれていた。両親から激励のメールが届いても気持ちは晴れなかったという。 そんな伊波を見ていたドリブラーは前日、3回戦でのアシストを約束した。「点が取れなくて苦しそうだった。あいつはチームのために頑張ろうという気持ちがすごく強いから、自分がアシストして絶対取らせてやりたかった」と神渡は2人の会話を教えてくれた。 不甲斐なかった1、2回戦のはけ口を求めるように、前半39分のGKがパンチングで逃れるのがやっとという強烈なボレーなど、チーム最多の5本のシュートを放った。 だが、取材中は反省の弁も多かった。「もっとこぼれ球を拾えないといけないし、ヘッドや競り合いも課題。コースを狙って打たなきゃ駄目」といったあんばいだ。 小学生から高校選手権での優勝、東京・国立競技場でプレーすることを夢見た。先輩らの激闘で印象深いのが1997年度の第76回大会、雪が降りしきる帝京(東京)との決勝だ。サッカーの求道者は「自分にとってのネバーランド、国立に行って先輩に続く優勝を果たしたい」と力こぶを入れた。 [著者プロフィール] 河野正(かわの・ただし)/1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。
河野 正 / Tadashi Kawano