【経済学者・岩井克人氏に聞く】トランプ政権誕生と生成AIの衝撃――2025年、日本の針路は?(後編)
生成AIは人間を超えるのか?
――岩井先生の理論にはどう関係してくるのでしょうか? 私は以前から、現代はポスト産業資本主義の時代である、と言ってきました。 国によって時期は違いますが、日本で言えば高度経済成長にあたる時代を、私は産業資本主義と呼んでいます。産業資本主義においては、工場などの設備を有する人間、つまりお金を持っている人間が利益を生み出す。ところが、農村から供給される安価な労働力が枯渇し、現在のようなポスト産業資本主義の時代になると、利潤の源泉となる差異性を生むことができるのは人間のアイディアだけであり、それ故、相対的にお金の価値が下がって、人間の価値が上がる、ということを私は言ってきたのです。 ところが、ChatGPTをはじめとする生成AIは、このまま進化を続ければ、人間にしかできなかった差異性を生み出せるようになるかもしれない。少なくとも、その可能性があるわけです。 そして、生成AIに代表される大規模言語モデルは、膨大なデータを入れて、コンピュータの能力を高めて、できる限り階層を重ねて、パラメータを増やせば――ディープラーニングと呼ばれているものですが――どんどん性能が良くなるという、スケール法則に従って進化しています。つまり、巨額のお金を投下すれば、差異を生む能力を持つ生成AIが作れるかもしれないという可能性に、みんなが賭け始めているわけです。 この状況は、ポスト産業資本主義の中で「人」の価値が上がる方向に向かっているときに、かつての産業資本主義の論理、つまり「お金」が再び力をもつ状況が入り込み始めている可能性を示している。その意味で、私が主張してきたポスト産業資本主義における会社論が、岐路に立たされているわけです。
生成AIが左右する未来
――生成AIが差異性を生み出せるようになると、「人間」よりも「お金」が力をもつ時代が再び訪れるということですか? その可能性があります。だから私はOpenAI社の状況を、ずっと注視しているのです。 ただ、先ほども述べたように、内紛によって内部の研究者たちがかなり動揺していて、どんどん辞めています。辞めた彼らの多くが、ライバル企業であるAnthropic(アンソロピック)社に移っている。 重要なのは、Anthropic社はまだNPO的な組織を保っていることです。ChatGPTを作った研究者のかなりの人数が、OpenAIが営利会社に変わろうとしていることに反発して、非営利を維持しているAnthropic社に移っている、というのが現状です。 だから、やはりそこでは、何かイノベーティブな仕事をするには、――もちろん生成AIの開発は非常に資源を食うし、資金が必要で、産業資本主義的な要素を持っているけれども――人間のやる気や目的意識がかなり重要だ、ということを物語っています。今後、OpenAI社よりもAnthropicの方がイノベーティブになる可能性もあると思います。 OpenAI社の営利会社への転換がうまくいくかどうかはわかりませんが、資金が増えれば増えるほど性能の良い生成AIができるとされており、彼らは66億ドルの資金を集めている。その状況が進めば、私が産業資本主義と呼ぶ時代に後戻りする可能性が出てくる。お金をどんどん投入すればAIの能力が上がり、人間のような差異性を作れるという方向性ですから、私の理論とはまったく逆のベクトルに進む可能性がある。 ただし、一方では、生成AIの開発は理論通りに性能が上がるかわからない面もある。あまりにもエネルギーを食い過ぎるため、生成AI自身が人間の脳を真似しようとする試みが盛んになっている。脳のエネルギー消費量は生成AIに比べたら、桁違いに少ないからです。 これら生成AIをめぐる流れが今後、どちらにいくのかがわからない。そのことが、私自身の現段階の悩みなんです。 少なくとも今、時代が岐路に立たされているということは間違いなく言えると思います。 ◎岩井克人(いわい・かつひと)1947年生まれ。東京大学経済学部卒業。マサチューセッツ工科大学Ph.D.取得。イェール大学助教授、プリンストン大学客員准教授、ペンシルバニア大学客員教授、東京大学経済学部教授、国際基督教大学特別招聘教授等を経て、現在、神奈川大学特別招聘教授、東京大学名誉教授、日本学士院会員。2023年、文化勲章受章。著書に、Disequilibrium Dynamics(Yale University Press, 日経・経済図書文化賞特賞)、『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫)、『二十一世紀の資本主義論』(ちくま学芸文庫)、『貨幣論』(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞)、『会社はこれからどうなるのか』(平凡社ライブラリー、小林秀雄賞)、『経済学の宇宙』(日経ビジネス人文庫)など。近著に『資本主義の中で生きるということ』(筑摩書房)がある。
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