アートディレクター大島依提亜 知られざる映画ポスターの世界
大島:そういう時は、自分で勝手に作っちゃいます。いわば自主企画ですね。配給会社からOKが出ると、そのまま宣伝に使われることもありますよ。アーティストやデザイナーが独自で作るので“オルタナティブポスター”と呼ばれます。海外ではファンが作ったオルタナティブポスターが公式デザインに採用されることもあり、かなり浸透しています。日本でも少しずつ広がっている印象です。
WWD:「ミッドサマー」は、大島さんが手掛けたオルタナティブポスターも話題になりました。
大島:画家のヒグチユウコさんの絵を使ったものと、写真で構成したものの2種類を用意しました。配給会社のA24が気に入ってくれて、「シルクスクリーンで販売させてくれないか」と連絡が来ました。ローカルの販促で使われることはあっても、本国がそれを商品化して販売することは珍しいので、とてもうれしかったです。世界中で販売し、一瞬で完売したそうです。
WWD:「ミッドサマー」は日本語のフォントにも目を引かれました。
大島:あれは大正時代に使われていた活版文字を使いました。ボテッとした独特な字体がなんだかグロテスクだなと思って。文字がビジュアルに与える影響はとても大きいので、書体の選定やタイトルロゴはかなり重要です。作品の世界観を壊さないように、さまざまなアイデアを試します。「万引き家族」では、絵本作家のミロコマチコさんにタイトル文字を依頼しました。綺麗な文字では、温かいけどぎこちない映画の雰囲気を表せないと考えました。
「作品に触れるきっかけを増やせたら」
WWD:近年のSNSでは「日本の映画ポスターはつまらない」という声を見かけることもあります。大島さんはどうお考えですか?
大島:配給会社さんも僕たちもベストを尽くしてはいるのですが、万人に受け入れてもらうために中庸なものになってしまうこともあります。かつては劇場や雑誌など露出先が限られていたから、「これだ」というビジュアル1つを押し出すやり方が通用しました。しかし今はネットもSNSも広がり、露出先が多様化しているから、一つにこだわらなくて良い気もします。コアな映画ファンから、映画を全く見ない人、出演者が好きな人と本当にいろいろなレイヤーがいるから、それぞれに対して異なるビジュアルを用意するのが合理的だと思うのです。どれか一つでも面白いと思ってもらえて、SNSで拡散されたら、映画のヒットにもつながるから、チャレンジする価値はあるはずです。紙に印刷しなくても、デジタルのみで発信する手もあるので、予算的にも実現可能なはず。デザイナーの負担は大きいかもしれませんが、僕も可能であれば、異なるデザインをなるべく提案していきたいと思っています。