スタートアップは地場産業。事業内容も人柄も見ない「けんすう氏」が、唯一大切にする投資基準
スタートアップは地場産業。「地域ならでは」にこだわったほうが良い理由
けんすう氏は、投資の判断基準を設けないと語る一方で、積極的に投資を行わない領域もあるという。その一つが、「プラットフォームビジネス」だ。 「アメリカで流行っているから日本でも流行るだろう、と考えて展開するプラットフォームビジネスにはあまり投資しません。シリコンバレーには、『Googleで働いていました』『Facebookで働いていました』という人がたくさんいるので、『世界に展開するプラットフォームを作る』際に、経験値が高い人材が多くいるためです。それに、ベンチャー投資に流れるお金の量も、アメリカは日本より圧倒的に多い。エンジニアとして優秀な人材も、アメリカの方がずっと多いはず。そう考えると、経験値もお金も人材も乏しい日本が、拡大と独占を目指し、ブリッツスケール(急激な成長を目指す)をしないといけないプラットフォームビジネスで勝つのは難しいと思っています。というか、おそらくシリコンバレー以外の地域はそもそも難易度が高いのかなあと」 このように、けんすう氏は地域や国ごとの特性を考慮し、競争力のある分野への投資を重視している。だからこそ、その地域からしか生まれないものに注力したほうが良いと話し、漫画などは1つの例だと言う。 「東京なら、東京でしかできないことをやらなければいけない、と思っています。都市にはそれぞれ強烈なメッセージがあるという、とあるエッセイに影響を受けておりまして…。例えば、サンフランシスコは『世界を変えなさい』というチェンジ・ザ・ワールドの思想が強いですが、ニューヨークは『お金を持とう』が主流です。 個人的には東京から伝わってくるメッセージは『面白いことをやれ』とか『クリエイティブなことをやれ』だと思うんです。だから、コンテンツ側に力を入れた方がいいと感じています。 これまでSNSがくる、AIがくると言っていた世界トップクラスのベンチャーキャピタルも、今はアニメがくると言っており、日本の事例も紹介されている。日本が活躍できる要素がとても強そうな分野ですよね。 日本の出版社は、膨大な数の作品を生み出し、その中で競争させます。人気が出なければ、2カ月で終了する実力社会です。この特殊な環境があるからこそ、多様で面白いコンテンツが育ちやすいんだと思います。例えば『マガジン』で『五等分の花嫁』という漫画が大ヒットしました。五つ子の姉妹との恋愛で、誰と結婚するかわからないという設定。ああいうちょっと変わった設定が出てくるのは、この熾烈な競争の中で、他との差別化や読者に刺さるものを作ろうとした結果だと思うんです」 さらに、けんすう氏は「日本ならでは」の領域にも注目している。例えば、個人が活躍できる分野、音声コンテンツなどだ。 「日本は個人が活躍する際には強みを発揮しますが、組織化すると意思決定のプロセスが『リーダーシップ』ではなく『空気を読む』文化に依存しがちになり、合意コストが高くなる傾向があると思っています。個人単位では尖ったことができるのに、組織だと合意するために、なんとなくアイデアが丸くなってしまうというのは多くの人が経験したことがあるんじゃないでしょうか。一方で、漫画の場合、漫画家と編集者2人のセットのような、個人が活躍する形式だからこそ、面白いアイデアが生まれている。このように『個人、または超少人数でのクリエイティブ』というのが日本の強みである可能性が高いという仮説を持っています。 最近、音声系のASMR(自律感覚絶頂反応)を制作している会社に投資したのですが、日本のアニメ声は、アメリカや中国には真似できません。声域や喉の使い方が言語的に異なるためです。こうした特徴も、中国市場などで評価されています。この辺りは『日本の強みだと思っていなかったけど、実は強みだった』みたいなケースで面白いなあ、と思います」 また、けんすう氏はスタートアップを「地域と密接に紐づく地場産業」と捉えている。 「スタートアップは、地域と紐づいているエコシステムの中でしか生まれないと思うんです。例えば、シリコンバレー以外からIT企業が生まれることは少ないですし、ニューヨークではハフィントンポストやバズフィードなどのメディア企業が育ちました。世界の真似をして成功する日本のスタートアップの事例が少ないのは、こうした地域特化の視点が不足しているからだと思います」 スタートアップを成功に導くには、その土地ならではの特性や強みに目を向ける必要がある。けんすう氏の投資観は、地域に根ざした起業家たちへのエールと捉えられるだろう。