「薄氷の上の停戦合意」に踏み切ったイスラエル、ヒズボラ、そしてバイデンそれぞれの思惑
(舛添 要一:国際政治学者) イスラエルとヒズボラが、60日間の停戦に合意した。アメリカの仲介である。 【写真】レバノン停戦に動いた各国指導者たち 前回の本コラムでも指摘したが、政権末期になってバイデン大統領の慌ただしい動きである。 (前回記事)モンテスキューを疑え、斎藤元彦、トランプ、バイデンの決断と行動から「大統領制の欠陥」を考える 一方、次期大統領のトランプは、側近で人事を固めるとともに、中国製品に10%の追加関税を、メキシコとカナダに25%の関税を課すことを決めた。 政権移行期のアメリカ外交は大丈夫なのか。 ■ レバノン停戦合意 レバノン停戦は、現地時間の11月27日(水)午前4時(日本時間の27日午前11時)に発効した。合意内容は、今後60日以内に、ヒズボラは国境から30km離れたリタニ川北側に撤収する、ヒズボラの重火器は撤去する、5000人のレバノン正規軍が国連レバノン暫定軍(UNIFIL)とともにレバノン南部に展開し停戦監視に当たる、イスラエル軍は徐々に撤退するというものである。停戦監視には、兵員は派遣しないが、フランスとアメリカも参加する。 レバノンでは100万人以上の住民が、イスラエル北部でも6万人超の住民が避難してきた。 ヒズボラの後ろ盾であるイランは、停戦合意を歓迎するとともに、ヒズボラを引き続き支援すると明言した。 ハマスを支援するヒズボラは、昨年10月からイスラエルを攻撃し、イスラエルは今年9月下旬に反撃に出て、レバノン南部に地上侵攻した。そして、ヒズボラの最高指導者ナスララ師を殺害した。レバノンでは、イスラエルの攻撃で3800人が死亡している。 なぜ、このような合意が成立したのか、関係諸国の様々な思惑がある。
■ 関係国の思惑 イスラエルとしては、ガザ地区でのハマスとの戦闘、イランへの対応に集中したいのである。武器の供給が途絶えないようにする、また、兵士の休息などのために、ヒズボラとの戦闘を中止することは合理的である。 ネタニヤフ首相は、「ヒズボラが停戦合意に違反した場合には、イスラエルは攻撃する」と明言した。このイスラエルの反撃権については、停戦合意には含まれていないが、アメリカがイスラエルに対して保証したと考えられている。 ヒズボラにとっては、指導者が殺害され、兵員の死傷者が増え、武器も払底してきたために、停戦は勢力再構築のためにありがたい。ヒズボラは、イスラエルとの戦いに勝利したという声明を出した。 レバノン政府は、強力な武装勢力ヒズボラによって混乱をもたらされた国政の主導権を握り、国際社会の信任を得るためには停戦が望ましい。停戦監視を実行することが、そのためにも役に立つ。ミカティ暫定首相は26日、停戦合意を歓迎すると述べた。 アメリカのバイデンにとっては、政権最後の業績として中東和平への第一歩を踏み出したことを誇り、「これは、恒久的な敵対行為の停止を意図したものだ」として、「イスラエルとヒズボラの破滅的な戦いに終止符を打つアメリカの提案を受け入れたことを嬉しく思う」と述べた。「イスラエルには国際法に沿った自衛権がある」と説明したが、次期大統領のトランプの中東政策が不透明な中で、既成事実を積み重ねようという思惑があったようである。 トランプも、今回の停戦を歓迎しているという。60日間という停戦期間はトランプ政権の発足も念頭に置いているため、今回の停戦が、来年以降のアメリカの中東政策にどのような影響を及ぼすかは、まだ読めない。 いずれにしても、政権移行期に大きな政策変更を行うのが好ましいのかどうか、疑問の残るところである。 前回の本コラムでも述べたように、バイデン政権は、11月17日、ウクライナに長距離ミサイルの使用を許可したが、それは戦争を拡大させることに繋がる。就任したら24時間以内にウクライナ戦争を終わらせるというトランプに対して、どのような牽制球になるのだろうか。