数十万羽のペンギンから14羽を探せ! 海鳥研究者が亜南極で挑んだ激むずミッション
インド洋南西部に位置するフランス領亜南極ケルゲレン諸島。一年中、偏西風が吹きすさび、研究者以外に永住居住者がいない極地で2か月間、ペンギン調査に従事したという東京大学大気海洋研究所の上坂怜生さんに、世界の離島での貴重な体験、また“バイオロギング”といわれる、動物の知られざる生態に迫る技術について話を聞いた。 【提供写真】見渡す限りのペンギンが研究対象など ◇大荒れの海「吠える40度・狂う50度」 2023年11月からは、フランス国立科学研究センターの客員研究員としても活動している上坂怜生さん。「海鳥(うみどり)の飛び方に関する研究」で東京大学の博士号を取ったが、大学進学時は、大阪大学の理学部物理学科を選んでいた。 「修士課程で理学研究科まで進みましたが、物理にそこまでのめり込めず、さてどうしようか……と考えているときに、ちょうどテレビで『情熱大陸』が流れていたんです。海洋生物学者の菊池夢美先生が取り上げられ、いま僕が研究しているバイオロギングをやっていました。 動物に観測装置を付けて行動記録を取るバイオロギングは、動物への知識と物理的な数字、計算を合わせて調べていく分野。つまり、物理出身者にはアドバンテージがあるなと。昔から動物のことは好きでしたし、“バイオロギングなら、今までやってきた物理が使える、自分の武器になるんじゃないか”と、飛び込みました。実際、のめり込めているし、楽しいです」 海鳥の研究に進んでからの数年間は、オオミズナギドリが繁殖している日本の島で、調査と研究を続けていた。そんなときに、突然、大きなチャンスが回ってきた。 「大きな予算が出たので、ペンギン研究のフィールドワークに行ける人を探している、と。ペンギンも海鳥ですから、僕もそれなりに知識はありますし、もともといた研究室のボスから声がかかったんです。研究もできるし、海外にも行ける。僕からしたら棚ぼたです。ふたつ返事で“行きます!”と(笑)」 こうして、上坂さんはフランス国立科学研究センターに所属。2023年12月から今年2月まで、インド洋の南側にある、亜南極のケルゲレン諸島での研究が叶うことになる。だが何しろ“世界の離島”と言われる亜南極だ。遠い。行くだけで、船で2週間、島での研究に2か月以上、帰りの船も2週間を費やした。現地に向かう船旅は壮絶な体験だったという。 「レユニオン島という、マダガスカルの隣の島まではフランスから飛行機で向かいました。そこから2週間かけて船旅が続くのですが、周りにまったく陸地がないので、年中ずっと偏西風が吹いているんです。 『吠える40度、狂う50度』という大荒れの海の状態を表す言葉がありまして、それを経験できるのかと、ちょっとワクワクしてたんですけど……。いざ乗ってみたら、もうやめてくれと(苦笑)。遊園地の絶叫マシンの揺れがずっと続いている感じで、最初の数日は、ずっとベッドに横になってました」 酔い止め薬も用意されているが、そのスケールも規格外だ。 「船内のお医者さんが処方するんですけど、みんな気持ち悪くなっているので、手が回らなくて、医務室のドアに酔い止め薬が箱いっぱい入っているんです。そこからみんな飴のようにバッとつかんで、飲んでいる状態でした。机やベッドも床に固定されていますし、食事の際も食べ物がこぼれないようにと、工夫しながら食べていました」 ◇そこは見渡す限りのパラダイスだった 強者の船員さんたちを横目に、やっと島に到着すると、そこには感動の景色が広がっていた。 「朝日が広がっていて、緑があって。いや、感動しました。ところどころに岩があるなぁと思ってよく見ていたら、動くんですよ。“……あ! アザラシじゃん!”と。ほかにも横をパッと見ると、繁殖しているところ以外にも、ちょこちょこ休憩しているペンギンがいて。 もちろん、今までも日本の島で海鳥の研究をしてきましたが、島といってもスケールが違いました。ケルゲレン諸島は四国くらいの大きさがあるんです。ここまでいろんな生き物がいるパラダイスのような場所を見たのは初めてでした」 さて、目的のバイオロギング調査の開始である。 「Instagramなんかでも、猫の首にカメラを下げて映した映像がアップされたりしますよね。小さな装置を動物につけて、通常、人が目で追いかけられないところを調べるのがバイオロギングという分野。なかでも海中深くにすむ海洋動物は、基本的に追いかけられないので、バイオロギングがどんどん広がっていった経緯があります」 バイオロギングであれば、地上で暮らす人間が知る由もない、水中での行動がわかる。 「ケルゲレン諸島での僕の研究をざっくり言うと、<マカロニペンギンとキングペンギンたちが、深くて暗い海のなかで、どうやって狩猟しているのかを調べること>でした。 ペンギンが目を使って魚を取っていることは、今までの研究でなんとなくわかっていましたが、それは目の細胞を調べたりしての結果です。でも、実際にどうやって魚を取っているのか、それを調べるために、カメラを付けて調べましょうというのが、今回の目的でした」 いよいよバイオロギングの出番だが、島の基地周辺でひょいとペンギンを捕まえて、装置を付けるわけではない。 「観察、調査に向いている、ちょうどいい大きさのコロニー(繁殖地の群れ)までは徒歩で向かい、拠点となるプレハブ小屋に2週間こもって調査します。こうした調査のことをmanip(マニップ)と呼び、必ず3人以上で行動、宿泊すると決まっています」