「103万円の壁」は何が問題なのか? どう変わろうとしているのか?
本人の手取りは減らないが、親の手取りは減る可能性がある
ここまでは本人の所得税に関する話だが、学生の場合、親の扶養に入っていることが多く、扶養している親の立場からすると別の作用が働く。具体的には親の控除額の変化である。 学生の年収が103万円を超えると、本人に所得税が課される(勤労学生控除を申請しなかった場合)と同時に、親の扶養対象から外れてしまう。そうなると親の扶養控除がなくなるため、親の税金が増える可能性がある。つまり学生本人は損しなくても、親の税金が増えてしまうため、親が子供に対して「これ以上働かないでほしい」と要請するケースは少なからず存在するとみられる。 一方、主婦(主夫)のパートについてはさらに話が変わってくる。
主婦の場合でも、103万円を超えた場合には自身に所得税がかかってくるものの、学生と同様、自身の手取りが減少するわけではない。一方で、103万円を超えた場合、一般的には扶養控除の対象から外れることになるが、妻の場合には配偶者特別控除がある。妻の年収が150万円までは控除はなくならないので、夫の税金が増えることもない。したがって、主婦の場合には、103万円の壁は事実上、存在しないことになる(一部で企業内の独自の手当として103万円を基準に設定してるところがあるものの、公的な制度ではないので、ここでは割愛する)。 上記について整理すると、学生の場合、かつ本人の所得に限って言えば、103万円の壁は存在せず、103万円を超えた場合、扶養している親の所得税が増える可能性があるという意味で、(本人ではなく)親の所得において壁が発生する可能性がある。 主婦の場合には、学生と同様、基本的に本人の所得税における壁は存在せず、150万円を超えると、夫の所得税が増える可能性があるという点で、本人ではなく夫の年収において壁が生じる可能性が出てくる。
厚労省はすでに壁をなくす方向性で制度改正を検討中
しかしながら、主婦の年収が130万円を超えた場合、3号被保険者(いわゆる主婦年金)から外れるという社会保障上の壁が関係してくることになり、これがもたらす影響の方が圧倒的に大きい。 夫が主な稼ぎ手の家計において、妻の年収が130万円以下であれば3号被保険者の扱いになるため、自身で保険料を払っていなくても年金を受け取ることができる。だが、自身の年収が130万円を超えてしまうと、この対象から外れ、自身で保険料を支払う必要が出てくる。 保険料を納めれば最終的に年金として返ってくるので、早く死亡しない限りは、トータルで損しない可能性が高いが、目先については社会保険料を支払った分だけ本人の手取りが減少する。このため一部の主婦は主婦年金を維持するため、年収を130万円以下に収めようとしている。現実問題としては、この130万円の壁による影響が大きく、いわゆる働き控えという問題が生じているとすると、ほとんどがこの金額と考えられる。 基礎控除等を103万円から178万に引き上げるという国民民主党の提案は、あくまで本人の所得税に限ったものであり、扶養対象となる金額の引き上げや、社会保障における扶養対象の金額には踏み込んでいない(テレビ番組においてキャスターからの質問に答える形で、扶養対象となる金額を見直す可能性があることについては言及している)。 そうなると、仮に基礎控除等の引き上げが行われたとしても、130万円の壁はそのまま残ることになるため、主婦の働き控えは解消しない可能性が高い。一連の問題をうまく解決するためには、130万円の壁も含め、社会保障制度まで踏み込んで改正を行った方が確実といえるだろう。 ちなみに報道ベースでは、厚生労働省はパート労働者の厚生年金適用対象事業所の枠をさらに拡大し、年収要件も撤廃することで、ほぼすべての労働者を厚生年金に加入させる流れで制度改正を検討しているという。もしこの施策が実施された場合、130万円の壁もなくなり、年収によって本人の手取りが減少するという問題は消滅することになる。 もっとも、現状、社会保険に加入していないパート労働者が社会保険に加入する際には手取りの減少という問題が生じるので、この部分については経過措置的な支援が必要となるかもしれない。
執筆:経済評論家 加谷 珪一