「どんな枷があろうとも、先代が遺したものとして継がしていただく」...名優が毎朝「醒」と日記に書いて一日を始める理由《山崎努さんインタビュー》
「運が良い人」の秘密は「習慣」にあった ――第一線で活躍する各界の著名人たちが、実践してきた「とっておき」を明かす。 【マンガ】子どもの中学受験で「悪意なき毒親」が誕生してしまう「切なすぎる理由」 山崎努(俳優)/'36年、千葉県生まれ。'63年に映画『天国と地獄』で誘拐犯を演じて脚光を浴びる。以降、映画『お葬式』『タンポポ』『おくりびと』など数々の作品で活躍。'22年11月に『「俳優」の肩ごしに』(日本経済新聞出版)という著書を上梓
「毎朝、起きたら日記帳を開く」
僕は'00年から24年間、日記をつけています。日記というものは続けられないもので、これまでも何度もトライしては失敗してばかりでした。 芝居に関する日記も別で書いているのですが、日常的な出来事については書くことがない日が多い。だから、無理して書かないようにしたのです。 その代わりに毎朝起きたら日記帳を開き、起床時間だけでも記すことを自分に課しました。 たとえば、午前7時に起きたら「A7醒」と書く。特に記録することがない日は、それ以外に何も書きません。この毎朝の作業だけは欠かさなかったため、僕の日記帳は起床時間ばかりが延々と記されている、妙な内容になっています。 この習慣で大切なポイントは「醒」という漢字です。「起きる」でも「起床」でもなく、「醒」でなくてはいけません。「醒」にはその日が前日と繋がらない新しい日、ゼロから始まる日にしたいという願いを込めています。 過去を受け入れて、毎日まっさらな一日に向き合いたい。そんな意識を持っているので、日記に内容がなくても「醒」さえあれば、それで十分。
「人生の借金」は継がしていただく姿勢
僕は11歳のとき、友禅染めの職人をしていた父を亡くしました。それ以降は苦い貧乏生活を過ごすことになります。中学時代から俳優になるまでの金欠暮らしは思い出したくない嫌な記憶です。できれば、消しゴムで当時の出来事を白紙にしてしまいたいくらい。このトラウマが原因となり、昨日までのことは忘れて、今日をどう過ごすか考える癖がついてしまったのです。 とはいえ、いくら今日を白紙で迎えようとも、日常生活は途切れることなく続いている。失敗、後悔、挫折、つまずき―これまで積み重ねてきた「人生の借金」がなくなることはない。 それはそれでいいんです。どんな枷があろうとも、先代が遺したものとして継がしていただく。そもそも、僕はこの浮き世に産み落とされたときから、色んな枷をはめられていたはず。面相や家庭環境も、自分の意思で選んだわけではありません。 結局、私たちは与えられた枠や条件の中で、どうにかやっていくしかないんです。この枠には不満も満足もなく、受け入れるだけ。この諦念は、目が醒めるたびに意識しています。 俳優も、役という決められた枠のなかで生きる職業です。シェイクスピアや山田太一が描いた人物は、そのフレームの内だからこそ生きる。フレームを無視してしまっては、ドラマの世界は成立しません。 ちなみに、俳優を生業とするようになって60年余になりますが、一度も自分の役を自分で選んだことはありません。実人生で山崎努という人間が出現したように、役も突然天から降ってくるように与えられるべきだと考えているからです。 すべてを当たり前のこととして受け入れることが大事。だから、朝に「醒」と書いて毎日を白紙の状態から始める。この習慣を始めたことで、暮らし向きはよくなったと感じています。 「週刊現代」2024年12月28・2025年1月4日号より ……・・ 【つづきを読む】人生の幸運をつかむのに、頭で考えてはいけない!東京大学名誉教授・養老孟司が語る極意
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