たかが公文書? 改ざん問題が孕む国民と政治家の断絶
適切な意思決定の過程残す「文書」
議会制デモクラシーや議院内閣制の“先輩”である英国は近年、監視カメラの設置や通信傍受により監視国家の度合いを強めている。しかし、同時に公的機関の決定と行動に関する文書の作成と保管については、長い歴史のある国である。最近は情報公開も活発だ。英国の公文書館に行くと、少なくとも30年を遡れば、相当量の機密資料を閲覧できる。中には公式の会議の議事録のみならず、会議に向けての考え方の整理、首相や大臣の意向を知らせる文書、官僚同士のやり取り、他組織からの意見など、さまざまなものが含まれる。 英国政府はなぜそのような文書を作成するのか。第一義的には、関係者間の意思疎通のためである。口頭では担当者間の意思疎通ができたとしても、組織間の意思疎通には不自由がある。20世紀初頭の第一次世界大戦の頃、閣議の議事録が整備されるようになったのもこのような背景からである。 それではなぜ文書を残すのか。そこには後世の検証に役立つようにという趣旨もあろう。しかし、文書の作成と保管にはもう一つの重要な意義がある。それは同時代的文脈の中で「適切な検討が行われて決定に至った」ことを後世に示すためである。外交的判断であれ、社会保障政策であれ、決定にはしばしば、誰かにとってはマイナスとなるなどの負の側面が伴う。その負の側面も適切に検討したことを示す必要がある。 官僚の側からすれば、自分たちから負の側面も政治家に示したことを残しておきたい。決定はその上での政治家の判断である。もちろん、決定は唯我独尊的になされるものであってはならない。政治家は歴史の審判を受ける覚悟を持って判断をしなければならない。ただし「歴史」も、資料がなければ審判を下しようがない。私たちの政治社会がどのような課題に直面し、どのような選択肢から何を判断材料とし、どのような判断基準を持って判断したのか。後世に資料が残されることで、官僚はいっそう十分な情報の収集と検討を行い、政治家はいっそうの覚悟を持って判断を下すことを促される。 このような文書が事後に公開されることで、人びとも政策決定の実際に触れ、判断の背景を知ることができる。政治家や官僚が一方的に批判されることも避けられる(と期待される)。文書の作成と保管は、政治家と官僚の自己防衛のためでもあると同時に、国民と政治家・官僚が政策決定を共有するためでもある。文書の作成と保存は、関係する人びと皆にとって有益なはずである。 ※後編「改ざんを生んだのは制度か政治手法か」は13日(金)に掲載する予定です。
------------------------------------ ■高安健将(たかやす・けんすけ) 成蹊大学法学部教授。専門は比較政治学・政治過程論。Ph.D. (Government) University of London. 著書に『首相の権力―日英比較からみる政権党とのダイナミズム』(創文社)、『議院内閣制―変貌する英国モデル』(中公新書)など