IS支配はまだ終わらない? モスルに残る3年間の傷痕
生徒と先生が戻ってきた女子校
一部では学校も再開し始めた。ハムダニヤを離れ、モスル東部の女子校を訪れると生徒達がテストを受けている真っ最中だった。一生懸命、机に向かってペンを走らせている。邪魔をしないよう外で待っている間に保護者たちと話をすると、政府に対する不満を口々に漏らし始めた。 「私たちはイラク政府を信用していない。政府は復興について多くの約束をしたが何一つ実現されていない。水や電気すらないんだ。 モスル市民をIS支持者だと見なしていて報復をしている。テロリスト扱いされて、首都のバグダッドにも入れなかった。まるで動物のような扱いだよ」 テストを終えた女子生徒たちが、元気いっぱいにお喋りしながら学校の門をくぐって外に出てきた。 「教科書がないから携帯電話のカメラで撮影したページを見て勉強しているのよ」と画像を次々と見せてくれた。ある生徒は「モスルの状況を見て。私たちには希望なんかないわ」と言い捨てた。 しかし、教材も不足し、教師の給料も支払われない状況にも関わらず、この学校には先生と生徒たちが戻ってきたのだ。生徒たちは友達に久しぶりに会えたのか顔は皆明るい。ISによって失った物は大きいが、これから徐々にそれを取り戻していくのだろう。
「新郎と新婦」モスルで再出発
支配が終わって人生の新しいスタートを切った人々もいる。元軍人だったマフムードは、40歳を過ぎて、2年越しにモスルで結婚式を挙げる事になった。 退役後、地元に帰って商売をしていた彼は、ISがモスルを掌握した時に捕まり、刑務所に入れられることとなった。ISが開いた法廷では、携帯電話の中にイラク軍を讃える歌が入っていたというだけで死刑宣告を受けた。頭にライフルを突きつけられ 死を覚悟したが、引き金を引いても何も起こらない。弾倉は空だった。恐怖で支配するために、ISは何度も彼を処刑するふりをしたという。 警察と軍によって街が解放され、ようやく教師をしている新婦のイクラスと再会した。マフムードは黒の綺麗なスーツに身を包み、二人で住む家を綺麗に飾り付けた。妻のために用意したベッドルームを私に見せる彼の顔は、元軍人とは思えないほど優しく幸せに満ちていた。 イクラスが待つ家に向かう彼に同行した。真新しいスーツ姿のマフムードと、彼の背後にある崩壊した建物のコントラストが強烈で、頭が目の前の光景を理解できなくなる。新婦のイクラスは純白のドレスに身を包みマフムードを迎えた。お互いの姿を見た二人は自然と笑みがこぼれる。周りの親族たちは伝統的なダンスと口笛で二人を祝福した。ここがついこの間まで激しい戦闘が行われていた街とは思えない暖かい光景だった。 しかし、外では防弾チョッキを着けた男が緊張した面持ちで辺りを警戒していた。ISから解放されたと言っても、地元住民の中に彼らを支持するものも少なくない。地元住民ですら疑心暗鬼でお互いを信じることが難しくなった。地元民も「ここらの人間は誰も信用するな。目立たないように行動してなるべく早く撮影を終わらせるんだ」と忠告してきた。 4万人の死者を出し、70万人の難民を生み出したモスルの戦い。ISによる支配は終わったかのように見えたが、彼らが恐怖で支配した3年間の傷痕はあまりにも大きかった。
--------------------------------- ■鈴木雄介(すずき・ゆうすけ) フォトグラファー。1984年千葉県生まれ。音楽学校在学中に好奇心からアフガニスタンを訪れ、そこで出会ったジャーナリストに影響を受けて写真を始める。2010年に渡米し、ボストンの写真学校在学中より受賞多数、卒業後はニューヨークを拠点にフリーランスとして活動中。伝えられるべきストーリーや出来事の中に潜む人々 の感情を、写真という動かないメディアに焼き付け、人に伝えるのを目標としている