人生の暗黒期に頭のおかしい妄想ツイートをつぶやいてから、「一生最強」になれる生き方を描いた小説が生まれるまで
7月に刊行された、女性四人の自由と決断を描いた作品『たぶん私たち一生最強』(新潮社)が新聞・WebをはじめとしたメディアやSNS等で反響を呼んでいる。 著者は2015年に「くたばれ地下アイドル」で第14回R-18文学賞の読者賞を受賞しデビューした小林早代子さんだ。 酒寄希望(ぼる塾)、武田砂鉄、マキヒロチなど著名人のほか、書店員からも絶賛される本作が描かれた経緯とは? 担当編集者が作者に創作の舞台裏を聞いた。
小林早代子・インタビュー「一生最強でいるための挑戦」
――「小説新潮」で一篇一篇時間をかけて、少しずつ書き溜めた『たぶん私たち一生最強』がついに刊行となりました。思えば、デビュー作『くたばれ地下アイドル』以来六年ぶりの新刊なんですよね。率直に、今どんなお気持ちでしょうか。 小林 この六年間、ずっと書きあぐねていたというよりは、仕事や恋愛など二十代後半の人生を全力でやっていたらあっという間に六年たっていたという感覚です。執筆になかなか集中できずに歯痒い思いもしていたんですが、この泥臭い七転八倒の日々があったからこそ、この作品が書けたと思います。書いていて本当に楽しかったですし、私の二十代の集大成とも言える作品になりました。 ――実際に同性のお友達とルームシェアされたご経験があってこそ書けた作品ですよね。 小林 そうです。でも実は一章と四章はルームシェアを始める前に書いていたんです。 ――あっ、そうでしたっけ? 小林 私も記憶をたどってみたら、実はそうだったと思い出しました(笑)。もともと「フレンズ」とか「ビッグバン・セオリー」とか、友達同士がすぐ近くに住んでいて、みんなでわちゃわちゃする海外ドラマが大好きなこともあって、実際にそういう生活をしてみたいなという思いが強くありました。ルームシェアのことを考えているうちに楽しい想像が広がって、こういうことが起こったらいいなと思って書いたのが一章の「あわよくば一生最強」でした。 ――そういえばルームシェアを始める前って、私生活がどん底の時期でしたよね……? 小林 はい、2018年~2019年にかけて、私は人生の暗黒期を迎えていました……。新卒から勤めた職場を辞めて無職になり、学生時代から付き合っていた彼氏と別れ、念願の小説家デビュー作も全然売れなくて。 ――一緒に怪しげな占いカフェに行って、預言の言葉を授かったりしましたよね(笑)。私もその時「人生に迷子」状態だったので、小林さんのお気持ちも痛いほどわかり、自分事のように感じていました。 小林 何をやってもパッとしない毎日を送っていたんですよね。そんな中で、唯一楽しい時間だったのが、親しい友人とだけ繋がっているプライベートのTwitterアカウントで、高校時代の仲良し四人組でルームシェアを始めたという架空の設定のもと、日常をつぶやくというものでした。 ――妄想ツイート……! 小林 そのTwitterを読んだ友達の中には、私が本当にルームシェアを始めたと勘違いした人もいて、「ルームシェア楽しそうだね」なんて声をかけられたりもしました。「あ~、あれ嘘をつぶやいてるんだよね」と告白すると、頭がおかしくなったんじゃないかと心配されることもありました(笑)。 ――それは心配されて当然です(笑)。 小林 ある日、Twitter上でルームシェアをしているという設定にしていた友人の一人に渋谷のハイボール居酒屋に呼び出されたんです。そしたら「私が一緒に住んでやる」って言ってくれて、やったー! と思いました。無職のままだと生活できないから仕事も始めました。その友人は小説の設定と同じように仲の良かった四人組の一人だったんですね。念の為、他の二人にも声をかけたのですが断られてしまいました(笑)。それが2019年の夏で、そこから二年間、JR蒲田駅から徒歩十分ほどの場所にある2DKのマンションでルームシェアをしていました。 ――妄想ツイートから本作における大事な一篇が生まれ、本当にルームシェアを始めたことで物語にリアリティを与えつつ、その先の新しい生き方まで描けた……。そう考えると、編集者が思いつきで依頼して書いてもらえるような内容ではないですし、本当に奇跡のような小説だとしみじみと感じます。当時、小林さんからお聞きしていた実際のルームシェア生活も小説の内容に近いところはありましたよね。 小林 そうですね。週末、職場の近くでお酒を飲んでベロベロの状態で終電に乗って最寄駅に帰ると、同じく泥酔した同居人に改札で会うんです。別々の場所で飲んでたのに、同じ電車に乗って帰ってくる。それだけでなぜか最高に面白くて、二人で大爆笑しながら家に帰って、その後も二人でお酒を飲んで……。寝る一秒前まで幸せでした。そういう、はちゃめちゃで楽しい感じは小説に反映されていると思います。 私たちはルームシェアを始めるときに「二年間限定」という期限を設けたのですが、この生活が永遠に続くとしたらどんなことが四人に起こるかな? と想像を膨らませて書いたのが三章、五章、六章です。 ――小林さんの中で、特に好きなエピソードはありますか? 小林 一章と二章は自分でも気に入っています。悩みも弱さも抱える女友達四人が「家族になれば最強になれるのでは」と本気で考える一章は、自分の憧れや思いを詰め込んだこともあって、書いていてすごく楽しかったです。二章は、男性不在の家において、いかにセックスの満足度を上げるかを模索する物語です。男性に頼らず、セックスをもっと自由に! と真剣に考えて書きました。それに、私の小説の中では珍しくダメ出しがなかったですよね? ――そうでした! 小林さんは、いつも自問自答しながら小説を書かれているイメージがあるのですが、二章については、最初にいただいた第一稿の時点で全く迷いがなく、書きたいことをストレートに表現されていると感じました。二十代女性の恋愛や性の悩みが赤裸々に描かれる一章、二章を経て、三章以降は物語の流れが変わります。同居人の一人の姪っ子がシェアハウスに居候する話が三章ですが、このお話を書かれたきっかけはなんだったのでしょう? 小林 実は、あれは私の妄想ツイートの中でも特に気に入っていたエピソードなんです。実際にルームシェアをしていた時にも、同居人と二人の生活はとても楽しいけれど、ここにペットとか子どもが加わって、一緒に生活したり育てたりできたら、さらに楽しくなるのになという思いがありました。私たちのルームシェア生活は期間限定だったのでペットや子どもを迎えることは無理でしたが、物語の中の四人には期限がないからこそ、色々な可能性があると思って書きました。 ――よくあるルームシェアものと違って、四人は大きな喧嘩はしないじゃないですか。わかりやすい物語の作りにはせず、でも笑えるシーンや泣けるエピソードが幾つもあり、それを小林さんならではの言葉選びとセンスで綴られているのが、この小説の新しさでもあると思います。この辺はどこまで意識して書かれたんでしょうか。 小林 実際のルームシェアでも、家賃光熱費の折半方法以外は特にルールを定めず、家事の分担なども結構なあなあにしていたのですが、意外とうまくいったんです。掃除やゴミ出しなど、気づいた人がやる系のタスクが放置されることはあんまりなかった。私はそんなに気が利くタイプではないんですが、世の中の女性ってすごく気遣い上手ですよね。生来のものというよりは、女性は気遣いができることが美徳とされていて、家庭や職場でそれが刷り込まれていくというか……。それは快適でもあるし、時に息苦しいことでもあるんですが。 ですからこの小説では、ルームシェアにありがちな家事分担等をめぐった小さい諍いは描かず、女友達では補えない性愛や生殖の問題に四人がいかにして立ち向かい、解決していくかに焦点を当てています。アラサー女子たちの人生における葛藤などといった普遍的な要素だけでなく、彼女たちが一生最強でいるための新しい挑戦も描いた、これまでにない一冊になったと思います。 *** 小林早代子(こばやし・さよこ) 1992年、埼玉県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2015年「くたばれ地下アイドル」で第14回「女による女のためのR─18文学賞」読者賞を受賞し、同作にてデビュー。『たぶん私たち一生最強』が二作目の単行本となる。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
新潮社