「持続泣き型認知症」の79歳女性が、デイケアに来ているあいだ涙を流し続けたワケ
老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。 【写真】「うつによる仮性認知症」と「本来の認知症」の見分け方 世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。 医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。 *本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
“泣き型”“情緒不安定型”にも困惑
わけもわからず怒るのも困りますが、あり得ない理由で泣かれるのも困ります。 Aさん(79歳・女性)は“持続泣き型”で、デイケアに来ている間もずっと泣いていました。 「もう帰らせてください。子どもが心配です。幼稚園に迎えに行かんといかんのです」 「いろいろお世話になりました。もうお別れです。つらいですけど、どうしても行かんならんのです」 「落ち葉がなぜ木から落ちるのか、わたしにはわかりません。あんまりかわいそうです。植木屋さん、なんとかしてください」 か細い声でそんな繰り言を続け、涙を流していました。職員がその場を離れると、フラフラと立ち上がって帰ろうとします。足も頼りないし、目も涙でかすんでいるのでいつ転倒するかもしれず、調子の悪いときは一日中、職員が横についていなければなりませんでした。 A′さん(78歳・女性)は“情緒不安定型”で、朗らかに笑っていたかと思うと、突然、テーブルに突っ伏してワーワー泣きはじめます。宥めようもないほどの号泣で、別の部屋へ行きましょうと促しても応じません。 「もうこんなとこにはおれん。泥棒やなんて言われて、だれがおれるもんか」 興奮して自分の鞄を床に投げ捨てます。 「息子が北海道から帰ってきて、怒るから怖い」 「どうせわたしは貧乏人の子や。ここらはええし(上流階級)の子ばっかりが来るとこやから、わたしらは来られへん」 そんなことはない、だれも泥棒だなんて思っていないと宥めても、聞く耳を持ちません。どうやら幼少時のつらい記憶が未だに彼女を苦しめているようでした。 ほかにもある七十四歳の男性は、恒例の誕生日会で花束を受け取ったとたん、顔をクシャクシャにして泣きだしました。みんなが拍手をすると「おおぉーっ」と声をあげて号泣し、花束を持ったままその場に泣き崩れてしまいました。誕生日祝いなど何十年もしてもらっていなかったので、感激したようです。 別の八十一歳の女性は、歌合戦のプログラムで「花」が歌われると、何を思い出したのか、急に顔を覆って泣きだしました。 朝のプログラムで、職員が「これまででいちばん楽しかったことは何ですか」とみんなに聞くと、夫が戦死したこと、空襲で家が焼けたこと、栄養失調で子どもを死なせたことなど、逆の話題ばかりで、そこここで涙があふれたこともあります。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)