幻のOWにまで派生した名機 1973年ヤマハ『TX650』【柏 秀樹の昭和~平成 カタログ蔵出しコラム Vol.12】
最終型はフルトランジスタ点火、ICレギュレーター、2段式チョーク、負圧式燃料コック、エンジン出力もXS650スペシャルと同じ50psへ。横に長い角形テールライトをXS650スペシャルとの共用化(2個のバルブで1灯が切れてももう片方が点灯する安全配慮)などを装備。1980年1月発売の最終型TX650は非常にレアな存在としてその使命を終えたのです。 ──1980年登場の最終型。SR400/500にも通じるデザイン? 1970年にXS-1が登場して以来、このエンジンは幾多の改良を重ねながら世界的には累計30万台という大きな記録を残しています。国産エンジンの中で歴史に残る端正かつ美形なエンジンであることに加えて耐久性に優れることが特徴でした。 どのメーカーも、いつの時代も最初の取り組みは「絶対に失敗が許されない!」という熱い使命に燃える作りが多いのですが、このエンジンもそのひとつだと思います。
K.ロバーツが駆った272度クランク・750ccのエンジン
ちなみに1960年代末期からアメリカで大人気になったダートトラックレースで活躍したTX650のエンジンですが、並列360度クランクのままカムを改造した同爆だったのではと巷で言われていたものです。 このエンジンを使ったキングことケニー・ロバーツの大活躍がもっとも印象に残っています。もしもそれが本当なら振動は凄かったと勝手に想像しますが、前へ前へとグリップするエンジンの先駆車だったかもしれません。 そのことがずっと気になっていたのですが、2024年の年の瀬にケニー本人から当時のお話を聞き出すことができました。と言っても世界GPを長年撮り続けている日本を代表するベテランフォトグラファー木引繁雄氏を通しての質問でした。その答えは──。 「あれは私が勝手にやったものではなく、日本のヤマハがワークスマシンに使うOWの呼称をつけたエンジンだったのです。XS、TXそのままの360度クランクではなく、カムをいじった同爆でもありません。後輪がしっかりと路面を捉えるために360度クランクを位相したものです。フレームはそのままではレースに使えないので私のオリジナルでした」 XS1発売前から公道テストに加わったことのある方の証言によるとそれは「272度」だったようです。欧州の名チューナーたちは、組み立て272度クランクによるこのエンジンのポテンシャルに目をつけて路面を捉え、よく回るエンジンに仕立てたとのこと。 実はダートトラックだけでなく、日本国内で人気のオートレースでの勝利を狙って、ヤマハは排気量を750ccまでアップしたようです。 ちょうどその頃といえばドゥカティが750ccのLツインを作り始め、ダートトラックでもトラクションの良さが光った時代。 ドゥカティの俗称Lツイン・90度Vツインにほぼ相当するクランク位相272度と750ccの排気量として、ヤマハは真っ向から闘う造り込みにしていたわけです。OWという呼称がヤマハの正式データに残っていないとすれば、車体設計までかかわらずにエンジン開発単体に関わるプロジェクトだったからではないか、と推測します。 2020年代の大型並列2気筒エンジンの大半は270度クランクを採用していますが、その最初の市販モデルがヤマハTRX850のエンジンです。世界一過酷な砂漠のレースとして知られるパリダカールラリーでも1996年、1997年、1998年にトラクションの掛かる名エンジンとして活躍しました。 世界のGPレジェンドライダー、ヴァレンティーノ・ロッシをして「Sweet!」と言わしめたYZF-R1の現在のモトGPで主流のV4に相当するクランク位相:クロスプレーン型直列4気筒も、その発想と基本技術の大元は、このTX650が生まれた1970年代のヤマハに遡るということです。幻のOWを記号を持つバーチカルツインのエンジンを是非とも生で見てみたいものです。 ※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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