幻のOWにまで派生した名機 1973年ヤマハ『TX650』【柏 秀樹の昭和~平成 カタログ蔵出しコラム Vol.12】
一方の750と500はエンジンシリンダーが少し前傾。マフラー後端をアップさせて躍動感をアピール。当時の英国車で言えばボンネビルの対抗馬ノートン・コマンドやアトラスに近いスタイルだったと解釈できます。 1970年代前期の日本は高性能バイクに人気が集中して事故が多発しました。この理由で1970年代中期は免許制度を改正し、自動二輪の制限なし免許(いわゆる大型2輪免許)は教習所では取得できず、合格率が非常に低い難関試験となりました。 これによって国内バイク市場は中型車が中心となり、大型バイク市場は一気に縮小する中で、どうせ大型バイクに乗るなら国内で乗れる排気量上限いっぱいのナナハンへ、という流れになりました。 ハイメカでハイスペック満載のナナハンに人気が集中し、500ccから650ccの4気筒バイクも堅調でしたが古典イメージのツインはますます中途半端な存在と見なされたのです。体格や技量に適したバイク、伝統ある英国車へのリスペクトではなく、世の大半は排気量の大きさと馬力、最速速度の数値とハイテクに関心を寄せていきました。 653ccツインのTX650をここに取り上げたのは、ツインらしさがサウンドと振動で味わえるし、4気筒バイクにはない低速域から中速回転域までの「押し出しの強さ」にあるのです。 当時のバイク専門誌による動力テストデータでも40km/hから80km/hまでの中間加速データではXS650やTX650のほうが4気筒のナナハンよりも速かったりします。しかも、ツインゆえにクランクを捻じるようなグリグリとくる鼓動とサウンドもセットで味わえるのです。ゼロヨンタイムやフルストッロル時の数値に関心を寄せるのが一般的ですが、現実を重視するという大人の感性はやはり少数派だったのでしょう。 中間加速は大事です。スロットルを捻った分だけリアルタイムで加速、つまり、スロットルを開けた瞬間のレスポンスと開けた分だけ加速がリニアについてくることを「ドライバビリティ」と定義するなら、まさに今の時代にも欠くことのできないポイントです。 無理に飛ばさずともライディングが十分に楽しめ、人車一体になるという意味でこれは欠かせない要素と思うのです。しかも2気筒は4気筒よりも同排気量であればフリクションロスが少なく、XS650の場合、カタログ燃費と同じリッター32km/Lを記録することもありました。 TX650の初期型は1973年12月にシナモンブラウンの車体色で登場しました。カタログは朝もやが立ち込める静かな旅先でパイプを燻らせるイケメンがTX650のそばに立つという構成です。 オイルショックでガソリン価格が170円以上に高騰し、ガソリンスタンドは週末がお休みで平日も夕方には閉店という厳しい時代でのデビューでした。 ──1973年、初期型のカタログ表紙。
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