「こしょう」への欲望が生んだ「株式会社の発明」 資本主義の最も重要な手法の1つだが副作用も
株式会社や有限責任会社という、資本主義の発展のいちばんの原動力になったものの誕生に、黒こしょうやシナモンといったスパイスが大きく関わっていることをご存じだろうか。東インド会社が誕生したのは「リスクを減らしながら、スパイスで儲けたい」という人間の欲望からだという。 ベストセラー『世界経済を破綻させる23の嘘』などの著書がある経済学者のハジュン・チャン氏の最新刊『経済学レシピ:食いしん坊経済学者がオクラを食べながら資本主義と自由を考えた』から、「資本主義の最も重要な手法である株式会社の誕生の背景」について一部抜粋・編集のうえお届けする。 【写真で見る】知っておきたい経済学の知識が身につく!入門書
■スパイスにはリスクが伴う ヨーロッパで最も珍重されてきたスパイス(黒こしょう、クローブ、シナモン、ナツメグ)は、かつては、「東インド」と呼ばれた地域、つまり南アジア(特にスリランカとインド南部)と東南アジア(特にインドネシア)でしか栽培されていなかった。 ヨーロッパからアジアへの航路が開拓されたのは、ヨーロッパ人がスパイスを手に入れようとしたからであることはよく知られている。あまり知られていないのは、株式会社または有限責任会社という、資本主義の発展のいちばんの原動力になったものの誕生にも、スパイスが関わっているということだ。
当初、「東インド」とのスパイス貿易はきわめてリスクが大きかった。帆船で海をふたつ、あるいは3つ(大西洋、インド洋、それにインドネシアまで行く場合には太平洋)を越えていくというのは、いくらか誇張していえば、火星に探査機を送る─そしてぶじに回収する─のと同じぐらいたいへんだった。 成功すれば莫大な富を手に入れられたが、リスクがあまりに大きいので、投資家たちはスパイスの獲得競争に資金を投じることに尻込みした。しかもこの投機的な事業が失敗した場合、投資家は出資金だけでなく、自分の全財産(家屋敷から家具、果ては鍋の類いまで)を失う恐れがあった。事業の負債を全額返済しなくてはならなかったからだ。専門的な言葉でいえば、彼らは無限責任を負っていた。