世界の刑務所人口の25パーセントを収監――200万人以上もの人間を塀の中に押し込める、アメリカの司法制度が抱える闇とは【〈ノンフィクション新刊〉よろず帳】
儲かるのは、悪者と弁護士だけ
〈【もしも、あなたが検察官だとしたら/評者註】捜査の初期段階であなたは会社を訪ね、詐欺の疑いがある理由を説明する。すると担当者は、会社は協力し、正しいことを行いたいと考えており、そのために元連邦検察官で、現在は著名な法律事務所のパートナーである弁護士を雇い、内部調査を行わせると回答する。会社の顧問弁護士は、会社自身の内部調査の結果をあなたと共有することを条件に、内部調査が終わるまで、あなたの捜査を延期するよう要請する。時間と資源を節約するため、あなたは同意する。 半年後、会社の顧問弁護士が、会社は過ちを犯したが、現在それを是正する意向であることを示す詳細な報告書を持って、戻って来る。そしてあなたと会社は、会社が、経費のかかる内部的な予防措置の強制と、即時の制裁金の支払いと結びついた訴追延期合意を結ぶことで合意する。現実的に、この事件はこれで終結する。あなたは将来の犯罪防止に役立ったと思うのでハッピーだし、会社は壊滅的な起訴を免れたのでハッピーだ。そしておそらく最もハッピーなのは、実際に発端となる不正行為を働いたにもかかわらず、無傷のままに置かれた重役や元重役たちであろう〉【9】 レイコフは、このような手法を〈ハッピー〉とは考えない。本書では他にも、目撃証言やDNA鑑定を代表とする科学捜査に潜む矛盾や問題点、テロとの戦いがもたらした法解釈の歪みなど、さまざまな角度からアメリカの法制度や運用、解釈の異常性を訴えている。
都合のいい武器
では、かの国の法制度が――1周遅れて追随することも少なくない、日本も含めて――正義と公正を取り戻すためには何が必要なのだろうか。レイコフは、行政権と立法権に正面から対抗できる実際的権限を求め、司法にかかわる専門家たちを信頼してほしいと切望する。 その気持ちは理解できる一方、少なからぬ専門家たちが司法を「自らに都合のよい武器」として取り扱っている実態も捨て置けない。近年の注視すべき具体例としては、師岡康子(弁護士)を始めとした司法の専門家たちによる「ヘイト・スピーチ」をめぐる議論の手口が挙げられるだろう。 彼らはしばしば言う。「『米軍出ていけ』という言葉は、ヘイト・スピーチには当たらない」。この手口には、二重の不誠実さがある。ひとつは恣意的な比較だ。 先に触れた師岡は著書『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)の中で、自身が共感を寄せる在日朝鮮人という存在に対して向けられた言語表現の一例として〈ゴキブリ朝鮮人〉【10】を挙げる。このフレーズを読んだ者は誰しも、胃の底がむかつくような憤りの感情を覚えるに違いない。それは酷く、醜い言葉であるからだ。 その一方で師岡は、自身が共感を覚えない在日米軍や政治的関係者に向けられた言語表現の一例として〈米軍出ていけ〉【11】というフレーズを挙げる。〈ゴキブリ朝鮮人〉と〈米軍出ていけ〉。誰がどう見ても、悪質なのは前者だという印象を受けるだろうが、これは文字通りの印象操作である。