世界の刑務所人口の25パーセントを収監――200万人以上もの人間を塀の中に押し込める、アメリカの司法制度が抱える闇とは【〈ノンフィクション新刊〉よろず帳】
司法取引の闇
では、重大な刑事事件のほとんどを〈解決〉してしまう司法取引の何が問題なのか。レイコフが強調するのは〈起訴の決定という名の下、量刑権を事実上行使する〉のが〈裁判官ではなく検察官〉になってしまっている点である【4】。 1960年代以降に犯罪率が急速に上昇し、警察官の数も検察官の数も、そして裁判官の数も不足したアメリカでは、事件を最終的に〈解決〉する前に、別件に対する処罰で「解決したことにしてしまう」手法が広がりを見せた。簡単にいえば、拷問で自白を取るのと同じだ。 〈例えば、連邦薬物事件で、司法取引を行う場合、検察官は、必要的な最短収容刑期がなく、二年未満のガイドラインの範囲であるヘロイン数オンスの個人売買についてのみ被告人は有罪を認めればよいと弁護人と合意することができる。しかし、もし被告人が有罪を認めなければ、彼の密売量はごく一部であったにもかかわらず、最低一〇年の最短収容刑期と二〇年以上のガイドラインの範囲に該当し得る何キロものヘロインの薬物密売の共謀で起訴されることになる〉【5】 こうして、アメリカでは約220万人以上もの人間が刑務所および拘置所に収容されるに至った。世界のすべての国の刑務所人口の25パーセント近くを、アメリカのそれが占めているのである【6】。
金持ちは逮捕されない、捕まらない、罰を受けない
その一方、不正に手を染めた企業の経営者や幹部として、多額の金銭を蓄財した連中は塀の内側に放り込まれないどころか、訴追すらされず、分厚い財布はそのまま、ぴっちり矯正された不自然な歯列をテラテラと白く塗りたくり、訓練された動物かフィギュア人形のような型通りの笑みを浮かべて、慈善パーティでグラスを掲げている。 ほとんど価値のないクズ同然の金融派生商品を売り続けて大儲けした連中……2008年の〈リーマンショックに関連して見事に訴追された真に高い地位にある重役は一人もおらず、適用可能なすべての犯罪の時効が到来していることを考えると、今後も起訴されないことは明らかである。なぜ、このような事態になったのか、また、長期的かつ超党派的な傾向として、重役を刑事訴追の対象から外そうとする動きがあるのか〉【7】。 レイコフは、このような事態を招いている原因を、警察および検察の捜査手法の変化に見出している。変化というより、怠慢と書くべきか。 企業を舞台としておこなわれた詐欺的事件について、問われてしかるべき個人の責任を突き止める方法は、麻薬王の追跡と似ている。捜査の端緒は、底辺から中堅クラスの構成員を抱き込むことから始まり、何年にも亘って粘り強く証拠を集め、抱き込む対象をだんだんと上層階級に上げ、最終的に親玉を捕まえる【8】。 ところが近年、この熱意と手間と金がかかる社会的正義の追求は放棄され、ホワイトカラーの重大犯罪者たちはぬけぬけと自由を謳歌できるようになってしまった。その新しく、お手軽な手法においては、手間のかかる構成員の「抱き込み」など、始めから実施されないからだ。