原点はママのSOS 日本初の「ダブルケア×医療」支援が描く未来
子育てと介護が重なる「ダブルケア」に医療はどう関わることができるのか? 自問のきっかけは、赤ちゃんを産んだばかりのママがこぼした「SOSのサイン」だった。 【図解・写真まとめ】育児と介護のダブルケア 負担、不安…備えるポイントは? ◇8年前に異変 「私も最初はその言葉を知りませんでした」。そう話すのは、帝京大助産学専攻科講師で助産師の寺田由紀子さん(53)だ。 寺田さんは2021年、ダブルケアの支援団体「DC NETWORK」(東京都板橋区)を設立。悩みの相談や情報交換の場としてオンラインカフェを定期的に開いている。 団体メンバーには保健師や看護師、臨床心理士、薬剤師ら25人の医療従事者が名を連ねる。元ダブルケアラーらが立ち上げた各地の団体と異なり、国内で唯一、医療の専門職でつくる支援組織として活動する。 原点は今から8年前にある。寺田さんが異変に気がついた。 「両親も高齢で、育児を誰にも頼れない。それどころか親は老老介護で、私も介護しなければいけなくなる日が来るかも」。助産師として向き合った母親がそう漏らした。 ◇行き着いた「ダブルケア」 待ち望んだ赤ちゃんを出産し、喜びや希望にあふれているはずのママの嘆き。同じ悩みを複数の母親からも聞くようになっていた。 昼夜を問わず乳飲み子にかかりきりの育児だけでも心身ともに疲れ果ててしまうのに、介護も重なる日常は想像を絶する。 「お母さんたちが潰れてしまう。多くの人が助けを求めているかもしれない」 寺田さんは動いた。文献を調べる中で、「ダブルケア」という単語に行き着いた。各地に設立され始めた支援団体と連絡を取り、出会ったダブルケアラーの声に耳を傾けた。 それから間もなく、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた。 家族を預ける保育園や介護施設の多くが閉鎖され、一般診療を制限する医療機関も相次いだ。ダブルケアを担う人たちは重い負担を家庭内で抱え込み、その過酷さは増した。 ◇10チームできめ細かい対応 しかし、担い手は自身の悩みとつらさをうまく言葉にできず、相談をあきらめてしまう人も少なくない。 「医療職だからこそ少しの訴えでも苦境を具体的に想像し、気づけることがある。専門的に支援する場が必要だ」 寺田さんは医療職の友人らを誘って団体を設立した。名称の「DC」はダブルケアを含む多様なケアを意味している。 「酸素ボンベを使う義理の父と一緒に旅行に行っても大丈夫か」 「祖父母の介護にかかりきりで、体調不良の子どもを病院に連れて行けない」 11月中旬、オンラインカフェに参加した女性が団体メンバーの看護師らに質問していた。 団体が月に1回開くカフェの一幕だ。メンバーは気軽に相談してもらえるようニックネームで活動し、寺田さんも「てらりん」と呼ばれている。 メンバーの専門性を生かすため「母子」や「認知症」「男性ケアラー」など10チームに分かれ、きめ細かい支援を目指している。 ◇「医療職への啓発も」 カフェでは医療関連にとどまらず、日常生活のささいな困りごとに関する相談にも対応。これまで延べ約70人のダブルケアラーたちが参加した。 カフェの常連という40代女性は、呼吸器疾患を抱えて酸素ボンベが必要な義父の介護と2人の子育てに向き合う。 主治医に義父の症状を説明する際のポイントや災害時の備えなどについて、寺田さんらに助言を求めてきた。女性は「話せることで気が楽になる。医療に特化した話が聞けることもありがたい」と語った。 寺田さんが医療職による支援団体にこだわった狙いは他にもある。 医療界でもダブルケアへの認識はまだ広がっているとは言えない。 担い手の現実を知る医療従事者が増えれば、患者だけでなく、周りの家族の負担を考えた支援も提案できる――。寺田さんはそう信じ、医療職への啓発活動や学会での研究発表にも力を入れている。 「ダブルケアは家庭ごとに状況が異なる。医療の視点や専門性を生かした支援で寄り添い、ダブルケアへの理解も広げていきたい」。男女問わずケアラーたちに優しい社会を目指す寺田さんの挑戦は続いている。 毎月開かれるオンラインカフェの情報は、「DC NETWORK」のホームページ(https://dc-network.amebaownd.com/)で確認できる。【斉藤朋恵】