藤原道長が、紫式部の文章に加筆した? 注釈書が指摘した『源氏物語』作者複数説
なぜ作者複数説がくすぶりつづけるのか
ここに紹介した作者複数説は、いずれも出所の不明瞭な伝説や、裏付けを欠く仮説・推測であり、決定的な証拠があるわけではない。 作家瀬戸内寂聴は「作者は紫式部一人ではなく、複数かも知れないという説もあるのは、これだけの壮大華麗な傑作が、到底一女性の手では書ける筈がなかろうという、男性研究者の想像と仮説から出たもので、根拠はない」と手厳しく批判している(1996年初刊『源氏物語 巻一』巻末の「源氏のしおり」)。 しかし、では逆に、『源氏物語』は紫式部がすべて一人で書いたという説に確証があるのかというと、そういうわけでもない。 『源氏物語』には「作者まえがき」や「作者あとがき」などは存在しないし、作者が紫式部であることが『源氏物語』内に明記されているわけでもない。この基本的な事実が、『源氏物語』作者複数説が絶えずくすぶりつづけてきた主たる要因なのではないだろうか。
古川順弘(文筆家)