アリババ、テンセントに見る「南方」の処世術
岡本隆司氏の最新刊『物語 江南の歴史』(中公新書)は、中国史を「乾燥地域(北方)」と「湿潤地域(南方)」という生態史観的な視角から捉え直す。南方の商人や知識人層と北方の政治的権威の相克と相互依存は、現代の民間IT企業と共産党政権の関係にも引き継がれている。梶谷懐・神戸大学教授が詳解する。 * * *
いかに歴史を語りなおすか
本書の著者、岡本隆司氏は日本を代表する中国史の研究者で、非常に多作なことでも知られている。だが、歴史家としての岡本氏が傑出しているのは、単に出版点数が多いという点にとどまらず、それぞれの著作において関連した内容が相互に補完し合い、それこそ壮大なサーガ(物語)のように密接につながっている、というところにある。そこに共通する姿勢は、あえていうなら専門とする中国史を橋頭堡として、西洋からの借り物ではない、独自の視点を獲得したうえで、改めて「歴史」そのものを語り直す、という著者の強固な意志である。その意味で本書は、「離れの奥座敷」たる四川から始まって、黄河と長江の中間に位置する淮河以南のエリアに焦点を当てた、中国史の語り直しの試みだといえるであろう。 ではなぜ、そのような広大な「南方」エリアに注目して中国史を語り直す必要があるのか。そこには近年の著者の作品群を貫く、生態史観的な問題意識が関係している。それは、ベストセラーとなった『世界史とつなげて学ぶ中国全史』の見出しタイトルを借りるなら、「乾燥地域と湿潤地域が人々の暮らしを二分した」という認識にたって中国史のダイナミズムをとらえようとするものである。本書において、「中国史とは、北方中原に発祥した文明が南進した歴史」であり、「かつまたその『南』が独自に発展してきた歴史でもあった」と説かれているのは(237頁)、そういう意味にほかならない。重要なことは、このような乾燥地域と湿潤地域の二分法は、世界史のダイナミズムを捉える上でも有効な概念だ、という点である。ここに、中国国内における「乾燥地域」=「北方」と「湿潤地域」=「南方」との関連性について考察を深めることは、世界史における乾燥地域と湿潤地域が織りなすダイナミズムを捉えることにつながる、という著者の姿勢も垣間見えてくるであろう。