世界的にも重要な日本の花卉(かき)遺伝資源と園芸文化を継続させるために
◇花卉遺伝資源は一度失ってしまうと、再生させるのは難しい このように世界的にも貴重な日本の花卉遺伝資源ですが、日本に自生する野生集団や、過去に作出された園芸品種群の現状は保全や維持が困難な状況が続いています。これまでの研究からも、極めて限られた地域でしか生存が確認できない野生集団の存在や、すでに野生集団にはなくなってしまった遺伝子を江戸時代に育成された園芸品種だけが持つことを確認しています。 野生集団の自生地では自然環境の変化や、人為的開発・盗掘による個体数の減少や集団の消滅が確認されています。野生集団の緊急避難先としても重要な日本各地の植物園ですが、予算や人員の削減により、規模縮小、民間への管理移管、廃園が相次いでいます。また、江戸時代に作出された日本独自の花卉園芸品種群を継承している民間団体や個人では、高齢化により継続が危ぶまれ、一人の方が亡くなると何百品種も一気に失われしまうこともあります。花卉遺伝資源は、一度失ってしまうと再生させるのには大変な労力と時間を要し、なかには二度と見ることができない場合も少なくありません。 一部の花卉遺伝資源については、保存に向けた公的取り組みも行われています。農林水産省の「ジーンバンク事業」では、農業上重要なキクやカーネーションなどの系統や品種を保存しています。文部科学省の「ナショナルバイオリソースプロジェクト」では生物学の研究材料の一つとして「変化朝顔」が選ばれ、九州大学を代表機関とし保存や配布をおこなっています。また、サクラソウでは、国立歴史民俗博物館や国立科学博物館が、大学や民間団体との協力で江戸時代からの品種保存の啓蒙活動を担っています。しかし、これらは膨大な日本の花卉遺伝資源のごく一部にしか過ぎません。 こうした中、日本の植物園を取りまとめている日本植物園協会では、日本産の絶滅危惧植物の生息域外保全を目的とした「植物保全拠点園ネットワーク事業」を2006年から開始しました。これに加え、2017年よりガーデニング先進国である英国の制度を参考に「野生種、栽培種に関わらず、日本で栽培されている文化財、遺伝資源として貴重な植物を守り後世に伝えていく」ことを目的とした「ナショナルコレクション認定制度」を開始し、2024年5月の段階で17が認定されています。 近年、日本の花卉遺伝資源と園芸文化の重要性は再認識されています。日本の多様性に富んだ野生植物やユニークな園芸品種は貴重な育種素材です。また、芸術性の高い盆栽はBONSAIとして欧米でも一般化していて、アジア圏の富裕層は日本の盆栽や植木を高額で買い求めています。国としても花卉の重要性について認識し、10年前に「花きの振興に関する法律」を制定することで日本の花卉産業を育成するための法整備がなされ、花卉に関するイベント事業に対して補助金を出すなどの花卉園芸への振興策も始められました。今後は更に、日本の花卉遺伝資源や園芸文化を貴重な自然および文化遺産として継承し、積極的に発信して進展することが期待されます。 2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会は、日本の花卉の素晴らしさを世界にアピールするチャンスです。コロナ後にインバウンドが急速に回復しているいま、海外から日本に訪れる人々は、和食、風景、建築物、伝統工芸、庭園など、日本らしさを感じさせるものを強く求めています。こうした日本の自然に根差した美意識や世界観と、日本の花卉遺伝資源や園芸文化とは密接な関係にあります。日本の自然環境の中で生まれた野生植物や、日本人の感性で作り上げてきた園芸品種や園芸文化をあらためて見つめ直し、花卉遺伝資源の保存・利用や園芸文化の発展へつなげていくことは、過去へのノスタルジーではなく、これからの日本にとって非常に重要なことだと考えています。
半田 高(明治大学 農学部 教授)