「生い立ちをどう伝えるべきか」養親を悩ませる前例のない出自と世間の目 「こうのとりのゆりかご」に預けられていた子どもへの〝真実告知〟という課題
だが、告知の瞬間は唐突に訪れた。ある時、桜さんは智君から「僕はママのおなかから生まれたの?」と聞かれた。桜さんは内心「来たか」と思った。同時に、とっさに思い浮かべたのは里親支援者の「子どもにうそをついてはいけない」という言葉だった。「違うよ」と答えると、「ふーん」と智君は答えた。桜さんは当時を振り返り「これから隠さなくていいんだと、気持ちが楽になった」と話す。 誠一さんは智君に分かりやすいよう、改めて絵本を手作りして伝えることにした。こうのとりのゆりかごについての説明と、特別養子縁組の成立についてそれぞれ10ページにまとめた。 「初めて出会った時は、とてもうれしかったよ」「智君は、ゆりかごに預け入れられてました」。施設にいたときの写真や一緒に暮らすようになってからの家族写真も入れた。夫婦は「家族になって良かったと思ってほしい」と願い、温かい言葉で思いをつづった。現在もゆりかごのことや家族の思いを、丁寧に伝え続けている。
桜さんは「血のつながった親子と変わらないですよ」と話す。まだ未就学児の智君は時折、「僕はゆりかごにいて、乳児院に預けられていたんだよね?」と尋ねるという。誠一さんは「反抗期もあり、受け入れるのに何年もかかるだろう。伝えて終わりではない。受け入れるまできちっと伝える。本人が受け入れるまでが告知だと思う」と話す。 ▽養親を悩ませる「かわいそうな子」という「バイアスのかかった見方」 誠一さんは「告知は必要と思っていたが、どう伝えればいいか悩んだ。情報がなく、右往左往した」「もがいていた」と吐露する。養子という事実だけでなく、こうのとりのゆりかごに預けられたという特殊なケースであることが悩みを深めた。 熊本市児童相談所は、ゆりかごに預けられた子どもの養育方針を決めるため、子どもの身元を調べる調査を行っている。ゆりかごの運用を検証する市専門部会がまとめた最新の2021年6月の報告書によると、2020年3月末までに預け入れられたのは計155人。うち、少なくとも31人の身元は全く分かっていない。預けた理由は、多いものから順に▽生活困窮43件▽未婚30件▽世間体・戸籍26件▽パートナーの問題23件(その他、不明は除く。複数回答可能)だった。子どもを預けざるを得ないさまざまな事情を抱え、預けた人の中には、ゆりかごの扉の前や道路で泣き崩れ、座り込んでいた人もいたという。