定年退職した夫と「無理して一緒にいたくない」妻が告げる“卒婚”…「中江有里」が選ぶ【新年おすすめ本5選】(レビュー)
桜木紫乃『青い絵本』は五つの短編すべてに絵本が重要なモチーフとして登場する。そしてどの物語にも「別れ」がある。終わりを見据えた人々はどこを目指して行くのか。 冒頭の「卒婚旅行」の妻は定年退職した夫と豪華列車の旅に出る。はしゃぐ夫をしり目に妻はこの旅行を機に「卒婚」を夫に告げようとしていた。 連れ添って三〇年、好きな人ができたわけじゃなく、絵本という好きなものを見つけた。絵本セラピストとして生活できるから「無理して一緒にいたくない」。 結婚も離婚も、卒婚も人が名付けた形だが、人間関係は形に収まりきらないもの。一冊の絵本を通じて、夫婦という関係が解きほぐされていくラストがいい。 表題作は絵本作家であるかつての継母と娘の物語。余命短い継母の「最後の絵本」を共作しようと北海道の湖畔にある夢のようなホテルで構想を練る二人。死を前にした心境は不思議な静けさの中にある。読み手の心も静まっていく。
松田いりの『ハイパーたいくつ』。音楽に例えるなら主旋律よりドラムや管楽器が大きめで、勝手な伴奏に負けまいと、ボーカルが叫んでいる。 給料をまるっとつぎ込んだ奇抜なジャケットを着る通称「ペンペン」のぶっ壊れた日々は「退屈」という漢字がゲシュタルト崩壊していくようだ。「ペンペン」は職場のトイレの床にトイレットペーパーを並べ、横になろうと便器に体を沿わせる! 「失踪」しそこねても「疾走」は止まない。深いことは考えず、感じてほしい一作。
宮本匠『「みんな」って誰? 災間と過疎をのびのび生きる』は現代における様々な事象を重ね合わせて読んだ。 日本において「みんな」とは「空気」のこと。「空気」を読んでいるうちにそこにあるものが総意だと思い込んでしまう。 ふと二〇二四年に行われたいくつかの選挙戦を思い起こした。自分の意思で選択しているつもりでも、「空気」に飲まれている。では能動的な選択、個人の意思とはどこにあるのか。 たとえば閉鎖的なコミュニティを変えるには「よそ者」の存在は重要。個人に働きかけるより、集団に働きかけたうえで話し合いをすることの効果を挙げ、「集団的存在」である人間の性質を踏まえ「みんな」から抜け出ていく方法を説く。