アバルト 695 トリブート フェラーリは小さいけど過激な「コンパクトフェラーリ」だった【10年ひと昔の新車】
スポーツドライビングの真髄を知っている完成度
ブラックを基調に、アクセントカラーの赤が効いているインテリアもまた、一見しただけで随所にマテリアルや機能性へのこだわりが見られる。 フロントシートは、カーボンのシェルとブラックレザーを組み合わせた「アバルト コルサ by サベルト」を装着。レーシングカーのバケットシートに近い印象のソリッド感とホールド感があり、走っている時にも高い剛性感がある。とはいえ、ロードカーとしての快適性もきちんと保たれている。 ブラックレザーのステアリングホイールは、トップにトリコロールデザインが施され、赤のステッチやグリップがアクセントカラーとなっている。ボトム部がフラットになっているのもスポーツドライビング気分を高揚させる。ダッシュボードにはカーボンのパネルがあしらわれ、機能部品を含めてそのデザイン、そして細部のディテールに至るまで、フェラーリへの、そして走りへのこだわりが感じられる。 エンジンをかけると、アイドリング状態でも重低音が轟く。室内にいるとうるさくないが、車外ではかなり勇ましいサウンドを奏でており、スポーツマインドをくすぐる演出である。 走り出すと、まるでレーシングカーに乗っているかのようなソリッドさを感じる。しかし、そのサスペンションチューニングには感動さえ覚えた。 無駄な動きを極力抑えていてダイレクト感もあるのに、不快に感じる突き上げや跳ね、そして硬さがまったくない。街中の低速域から高速道路での走行に至るまで、また路面の継ぎ目やアンジュレーションのある路面でも、常に路面をしっかり捉えている感覚があり、それでいてしなやかさすらある。 ワインディングロードでも、他のモデルとは明らかに動きが異なる。サスペンションや乗り心地を、単に「硬い」とか「柔らかい」という表現で評価することが間違っているのだということを、改めて実感させられた。全体的にロールやピッチングの動きは抑えられていて、そこに軽快さがある。スタンダードモデルの500はユサッとボディが傾くが、695 トリブートフェラーリはロール量が少ないだけでなく、そのロールスピードも速度に応じてリニアに傾いていくものだ。 ステアフィールも剛性感が高く、そして応答性に優れる。ステアリングギア比は通常のフィアット500よりクイックに設定され、小さな舵角から狙ったラインをトレースできた。サスペンションと同様に、締まった印象はありながら、荒れた路面でもステアリングへのキックバックは感じられない上に、アクセルペダルを踏んだ際にステアリングが取られるようなトルクステアもない。シャシそのものや、サスペンションやステアリング系まわりの取りつけ部剛性の向上などにも、かなりの手が入っていると思われる。 1.4Lターボエンジンは最高出力180psまでパワーアップが図られているが、十分な加速感がありながら手の内に収まるパワー感とのバランスが絶妙。3000rpmを超えるとさらに官能的なサウンドを奏で、ハンドリングの良さと相まって、走りの楽しさを助長してくれた。スタンダードモデルのおっとりとした楽しさとは異質のFFコンパクトモデルのスポーツドライビングが堪能できる仕上がりだ。 569.5万円という車両価格は安いものではない。ましてや、別モノとはいえフィアット500というベースモデルへの意識があるため、余計に高額と感じられるかもしれない。しかし、使われているマテリアル、そして細部まで妥協の見られない、とことんまで突き詰めたチューニングの成果を見れば、それも納得と思える。 「やればここまでできるんだ!」と言いたくなるほど、走りの楽しさと高いクオリティが濃厚に凝縮されている。 そう、フィアットグループには高い技術力があり、やればできる。ただフィアットブランドとしては、いわゆる高級モデルを作らないだけなのだ。その高い技術力は、大量生産の普及モデルという違うベクトルに向けられている。フィアット 500 ツインエアとアバルト 695 トリブートフェラーリをはじめ、各種の「500」に試乗して、そのスタンスが実によく理解できた。(文:佐藤久実/写真:小平 寛)
アバルト 695 トリブートフェラーリ 主要諸元
●全長×全幅×全高:3655×1625×1500mm ●ホイールベース:2300mm ●車両重量:1120kg ●エンジン:直4DOHCターボ ●排気量:1368cc ●最高出力:132kW(180ps)/5500rpm ●最大トルク:250Nm(25.5kgm)/3000rpm ●トランスミッション:5速AMT ●駆動方式:FF ●車両価格:569万5000円(2011年当時)
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