熱や痛み、腫れを引き起こす「炎症」、その秘められた「良い面」を引き出す研究が続々
いまは一言でくくられている炎症の非常に多様な形がわかってきた、新薬の開発に期待も
炎症は嫌われものだ。傷や感染による肌の赤み、痛み、発熱や腫れといった不快な症状を多少なりとも抑えるための対策が、数多く推奨されている。食事やサプリメント、薬、さらには生活習慣までさまざまだ。 ギャラリー:炎症を抑える食べ物とは、病気の進行やがんの治療にも影響 炎症と聞けば、「多くの人は決まって何か良くないことを連想します」と、オーストラリアのメルボルンにあるディーキン大学で栄養精神医学を研究するウルフギャング・マークスは言う。 実のところ、炎症の功罪はとても複雑なもので、良い面も秘めている。炎症は敵であり、ヒーローともいえる。それが、何世紀にもわたる議論と研究の末に出された結論だ。うまくいけば、感染を克服し、がんの罹患を防ぎ、傷の回復を助け、ワクチンによる免疫効果を長期化する。実際問題、体の日常的な機能を支えるさまざまな炎症の働きがなければ、私たちは生存できない。 しかし、多くの生体反応と同様、炎症も度を越せば危険性を帯びる。炎症を起こすきっかけとなった感染症や傷が治った後も、慢性的に高いレベルの炎症が続くと、その機能が変化し、心臓病、がん、2型糖尿病、うつ病、アルツハイマー病などの長期にわたる疾患を招きかねない。 こうした疾患の多くは老化に伴って発症リスクが高まるが、老化は炎症レベルの増加とも関連がある。免疫系は自分の体の組織を攻撃することがあり、関節リウマチ、多発性硬化症、クローン病などの自己免疫疾患を引き起こすのだ。過剰な炎症反応と新型コロナウイルス感染症の後遺症との関連性を探る研究をしている研究者もいる。 研究の進展に伴い、炎症は非常に多様な形をとることが明らかになり、それらすべてを「炎症」の一言でくくるのはあまり意味がないことがわかってきた。リウマチ専門医、免疫学者、整形外科医、ワクチン学者といった各分野の専門家が言う炎症は、共通する部分もありながらも、それぞれが明確に異なる分子群や分子間の相互作用、症状や結果のセットを意味する。 「炎症というのは便宜上の言葉で、誰もが不用意に使ってしまいます。そのために定義が不明確になり、考察が曖昧になっているのです」と、米スタンフォード大学の免疫学者であるバーリ・プレンドランは指摘する。 炎症の過程がわかってくるにつれ、炎症の望ましい作用をうまく引き出す研究も進んでいる。将来的には、新薬が開発され、食事や生活習慣に関する、より的確なアドバイスができることが期待される。そして、多様な形の炎症に賢く対処して、より多くの疾患を防ぎ、治療できるようになるかもしれない。こうした革新的な対処法を誰もが利用できるよう、コストを抑え、広く普及させること。それを可能にする戦略を早急に立案することが必要だ。 炎症それ自体は、悪玉でも善玉でもない。ただ、その時々によって適切なレベルの炎症が必要なだけだ。完全に抑え込むのではなく、上手に付き合う方法を学ぶこと。炎症とはそういう相手にほかならない。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版8月号特集「炎症とうまく付き合う」より抜粋。
文゠エミリー・ソーン(ジャーナリスト)