「中小企業も賃上げを」の大合唱…でも現場では「きれいごと」と突き放す声 6割がコスト増の「価格転嫁が不十分」と回答、大企業との賃金格差広がる
▽賃上げによるプライド回復を タオルの生産を手がける大阪府箕面市のナストーコーポレーションは2023年夏に従業員の給与を平均4・3%引き上げ、2024年も同程度の賃上げを実施する予定だ。 尾池行郎社長(60)は「業務改善を通じた賃上げは究極の目標だ。日本人の国際競争力が低下する中、賃上げによるプライド回復が必要だ」と語る。 原材料費や輸送費が高騰しており、尾池社長は「商品づくりや納入先を変えないといけない」と考えている。量販店で販売する低価格帯の商品は競争が激しく、値上げが難しい。今後はそうした商品を減らした上で、スポーツブランド向けの価格競争力のある商品を強化し、スポーツ大会での景品の納入などを増やすという。 ▽「別の企業への発注も検討したい」と厳しい反応 自動車のエンジン部品などを生産する川崎市の焼結合金加工の高柳昌睦社長(39)は2022年、トップ就任をきっかけに取引先との値上げ交渉を開始した。先代社長の時代から価格設定がずっと変わっていないことに疑問を感じていた。 だが相手からは、人件費の一部である労務費は企業努力で捻出するべきだとして「別の企業への発注も検討したい」との厳しい反応が返ってきた。交渉は難航し、その間に入った注文は、引き上げ前の従来価格で納入する事態に陥った。
だが最近は、納入先の方から値上げ交渉の相談を持ちかけてくる。引き上げ分を計算する資料も先方が準備した。高柳社長は「中小企業は感覚的に経営し、交渉する材料をそろえられない会社も多い」と話し、取引先の変化を支持する。政府が昨年公表した、労務費の価格転嫁を促す指針が「かなり効いている」と評価する。「こういった交渉が全国的に波及してほしい」と語った。 物価高騰で従業員の生活の負担は重くなっており、賃金全体を底上げするベースアップが必要と感じている。高柳社長は「物価が高騰している。価格転嫁を原資にベースアップを実現したい」と交渉進展に望みをつなぐ。 ▽将来不安が大きく、労組の組合員2割が退職 首都圏の別の自動車部品メーカーは、新型コロナウイルス流行後の収益低迷を受け、組合員の2割が退職した。「業績悪化による将来不安が大きい」と労働組合幹部は話す。2023年は従業員を引き留めるためにベースアップを実施したが、金額は3千円にとどまった。 この組合幹部は「原材料費の上昇を受けた取引価格への転嫁は遅れており、遅れた分は自社で負担せざるを得ない。大手自動車メーカーは『賃上げの機運が中小に波及してほしい』と言うが、きれいごとだ。大手と中小で賃金格差は広がる一方だ」と嘆く。