ブルー・オーシャン戦略は、他の戦略論と何が違うのか
■ブルー・オーシャンが赤く染まっていく 「助けて! ブルー・オーシャンが赤く染まっていく……」。これは、世界中でひっきりなしに発せられる、マネジャーたちの心の叫びである。企業の経営者やマネジャー、非営利組織の代表、政府機関のリーダーなど、立場はどうあれ、血みどろの競争が展開されるレッド・オーシャンを前にして、何とかそこから逃げたいと考える人々が増えている。 会社の収益率が低下しているのかもしれない。もしくは、競争のさらなる激化により、製品やサービスが陳腐化してコストが上昇しているのだろうか。あるいは、賃上げ見送りの発表を控えているのか……。誰も歓迎しないこのような状況に、現に大勢が直面しているのである。 この難題に、どう対処すればよいのだろうか。あなたがどの業界や経済セクターに属していようとも、『[新版]ブルー・オーシャン戦略』で紹介する教訓、ツール類、フレームワークが、難題克服に役立つだろう。本書では、血みどろの競争が展開するレッド・オーシャンに別れを告げ、競争がなく新規需要に満ちた、高成長と高収益につながる市場、すなわち、ブルー・オーシャンへと漕ぎ出す方法を紹介する。 2005年に初版を著したときに筆者たちは、レッド・オーシャンとブルー・オーシャンという比喩を用いた。血みどろの競争に直面する組織が増えていた一方、産業の黎明期からの数々の事例が示すように、組織は果てしない可能性を切り開くことができ、それにふさわしいのがブルー・オーシャンという表現だったのである。 あれから10年の間に、『ブルー・オーシャン戦略』は350万部超を売り上げ、5大陸でベストセラーとなり、43カ国語で出版されるという、これまでにない快挙も成し遂げた。「ブルー・オーシャン」もビジネス用語として定着した。ブルー・オーシャン戦略に関する論文、記事、ブログ投稿は4000を超え、いまなお世界各地で着々と増え続けている。 それらは実に興味深い内容である。『ブルー・オーシャン戦略』によって人生観が根本から変わり、仕事においても、それまでとは比べ物にならないほど成功した、という世界中の小規模事業主や個人による記述。ブルー・オーシャン戦略にヒントを得てレッド・オーシャンから脱出し、まったく新しい需要を創出した、という経営幹部の体験記。この戦略を応用して、過疎地や都市部の生活の質的向上、内外の治安強化、省庁間や地域間の縦割り解消など、社会的に重要な分野の変革を低コストで速やかに成し遂げ、多大な成果を上げたという政治家の回想もある。 初版の刊行以来、筆者たちは、そこで紹介したアイデアを応用する組織に連絡をとって多くの組織と協働し、人々の取り組みを観察することで、さまざまな学びを得た。ブルー・オーシャン戦略を遂行するなかで人々が抱く最も差しせまった問いは、以下のようなものである。 「ブルー・オーシャン戦略を軸にして、すべての事業活動の足並みを揃えるには、どうすればよいのだろうか」「ブルー・オーシャンが赤く染まってしまったら、どう対処すべきだろう」「ブルー・オーシャンを目指しているにもかかわらず、『レッド・オーシャン流の発想』、すなわち『レッド・オーシャンの罠』の強烈な磁力に吸い寄せられそうになったら、どうかわせばよいのか」……。 筆者たちはこれらの問いに触発されて、『[新版]ブルー・オーシャン戦略』の刊行に乗り出したのである。ここでは他の戦略にはないブルー・オーシャン戦略の主な特徴の概略を説明する。 ■他の戦略論との主な違い ブルー・オーシャン戦略の狙いは、新旧大小すべての組織を対象に、事業機会の最大化とリスクの最小化を図りながら、ブルー・オーシャン創造の備えができるようにすることだった。『ブルー・オーシャン戦略』は戦略論分野における年来の常識の数々に挑むものである。以下の5つの主張が特に注目に値するだろう。 ■競争を戦略思考の中心に据えるべきではない 世の中には競争に着目して戦略を立案する企業があふれているが、ブルー・オーシャン戦略は、競争への拘泥がアダとなってレッド・オーシャンから抜け出せない企業が多い実情を明らかにする。戦略を立案する際に顧客ではなく競争に重点を置くと、買い手にもたらす価値をいかに飛躍的に高めるかではなく、ライバル企業と自社を比較して相手の戦略的動きにどう対応するかに時間と注意を振り向けてしまう。この2つを混同してはならない。 ブルー・オーシャン戦略は競争という足枷から自由である。本書の核心をなす考え方は、「競争よりも新規市場の創出を重視して、競争を無意味にしよう」というものだ。筆者たちがこの考え方を最初に打ち出したのは、本書の土台となった一連の『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌への寄稿論文の第1弾、1997年発表の「バリュー・イノベーション:連続的価値創造の戦略」においてである。 論文の趣旨は、競争へのこだわりを捨てた企業は、ライバルに対抗したり相手を打ち負かしたりすることや、あるいは、競争上有利なポジショニングを手に入れることにほとんど関心を払わない、という点である。相手の上を行こうとするのではなく、むしろ、顧客への提供価値を飛躍的に高めて、競争を無意味にしようとしたのである。競争相手との比較にとらわれず、イノベーションによる付加価値の増大に重点を置くと、業界の競争要因すべてに疑問を抱き、「競争相手の行動が買い手に価値をもたらしているとは限らない」という悟りが得られる。 こうして、ブルー・オーシャン戦略の発想に立つと、「競争相手に対抗しようと躍起になり、相手の優位性に追いつき追い越そうと努力すればするほど、皮肉にもライバルとの差異が小さくなっていく」という、多くの組織が直面する戦略上の逆説のからくりが見えてくる。ブルー・オーシャン戦略は、この逆説の克服を目指す。競争相手を歯牙にかけずにバリュー・イノベーションを実践し、むしろ相手を悩ます存在になろうとするのだ。 ■業界構造は一定ではなく変えられる 戦略論の分野では長年、「業界構造は一定である」という考え方が常識だった。したがって企業は、既存の業界構造に合わせて戦略を立てようとする。このため一般には、5つの競争要因分析や、かなり古くからの類似手法であるSWOT分析をまず行い、既存業界の事業機会や脅威と自社の強み・弱みを比べながら、戦略を決めることになる。既存の市場空間を前提としている以上、戦略は必然的にゼロサム・ゲームになり、ある企業が利益を得ると他の企業は損失を被る。 これとは対照的にブルー・オーシャン戦略は、組織にとって有利なように業界構造を改め、新たな市場空間を開拓できるようにする。その根底にあるのは、「市場の境界や業界構造は一定ではなく、企業の行動や信念によって変えられる」という発想である。 産業史が示すように、新たな市場は毎日のように開拓されており、想像力次第で変容する。顧客は、業界が押しつける心理的な境界にとらわれず、業界の垣根を越えて購買活動を展開しているではないか。企業は、業界の創造や再創造を繰り返し、市場間の境界を打ち壊し、引き直し、乗り越えることによって、新しい需要を開拓しているではないか。 こうして、戦略次第でゼロサム・ゲームが非ゼロサム・ゲームへと移行し、企業の意識的な努力によっては、旨味の乏しい市場さえ、魅力的な市場へと変貌を遂げる。つまり、レッド・オーシャンがいつまでも赤いままである必然性はないのだ。これが、次の主張につながる。 ■創造的な戦略を考案する能力は、計画的に引き出すことができる シュンペーターが創意工夫の才を持つ一匹狼的な起業家像を示してからというもの、イノベーションと創造性は主に、ベールに包まれた特異なものと見られてきた。このような見方がある以上、驚くにはあたらないが、戦略論はおおむね、既存市場でどう競争するかに重点を置き、この目的をうまく果たすための分析ツールやフレームワークの数々を生み出した。 だが、創造性ははたして、外から見えないブラックボックスなのだろうか。ガウディの壮大な芸術作品やマリー・キュリーによるラジウム発見のような、芸術家の創造性や科学的なブレークスルーなら、そうといえるかもしれない。しかし、新規市場を創造するためのバリュー・イノベーションの原動力となるような戦略の創造性に関しても、同じことが当てはまるのだろうか。 自動車業界のフォード・モーター(T型フォード)、コーヒーチェーンのスターバックス、CRM(顧客関係管理)ソフトウェアのセールスフォース・ドットコムを考えてみるとよい。筆者たちの研究によれば、答えは「ノー」である。 ブルー・オーシャンを首尾よく切り開いた事例は、共通の戦略パターンに基づいていることが判明しているのだ。それらのパターンに従うと、基本的な分析フレームワーク、ツール、手法を開発でき、そのうえで計画的に、イノベーションを価値につなげ、事業機会を最大化、リスクを最小化しながら業界の境界を引き直すことができる。 言うまでもなく、戦略が功を奏するかどうかは運の良し悪しと無縁ではないものの、戦略キャンバス、4つの行動のフレームワーク、市場の境界を引き直す6つのパスのようなツールは、従来は体系立っていなかった戦略関連の課題を体系化し、ブルー・オーシャンを組織的に創造する力を培ううえで役に立つ。 ■戦略策定には実行手順を組み込める ブルー・オーシャン戦略は、組織の人間的な側面と分析とを結びつける役割をも果たす。理解や共感を引き出すことの重要性を認識、尊重した戦略であるから、各人が自発的に受け入れ、義務的にではなく、みずから率先して実行に尽力してくれる。これを可能にするために、ブルー・オーシャン戦略では、策定と実行の連動性を重視している。 大多数の企業ではこの両者を切り離しているかもしれないが、我々の研究によると、策定と実行が分断されてしまうと実行に時間がかかって効果も怪しくなり、機械的に手順を追うのがせいぜいである。ブルー・オーシャン戦略ではこれを避けて、公正なプロセスによって戦略を策定、実行する手法に沿い、最初から実行を組み込んでおく。 我々は過去25年にわたり、多くの学術誌やマネジメント誌などに、公正な決定プロセスを踏むか否かが実行の巧拙にどう影響するか、というテーマで論考を寄せてきた。ブルー・オーシャン戦略が明らかにしているとおり、公正なプロセスは、行動を促すうえで最も重要なもの、すなわち、組織の奥深くにある信頼、献身、自発的な協力を呼び起こすことで、実行への土台づくりをする。 献身、信頼、自発的な協力は単なる姿勢や行動ではなく、無形の資本である。これがあると、企業はスピード、質、安定性の面で他社を引き離し、低コストで速やかに戦略を実行できる。 ■戦略を編み出す手順はつくれる 戦略の中身については豊富な知見が生まれている。ところが、そもそも戦略をどう編み出すかに関しては、何も語られていないに等しい。もちろん、プランの作成方法はわかっている。しかし、周知のように、プランニング手順を踏めば自動的に戦略が生まれるというものでもない。要するに、戦略創造の理論は存在しないのである。 企業の盛衰の原因をめぐる理論は少なくないが、その大多数は説明に終始し、処方箋を示してはいない。高業績につながる戦略の策定・実行方法を、手順を追って具体的に示すモデルは存在しないのである。 本書ではブルー・オーシャンを念頭に置いて、そのようなモデルを紹介する。市場創造につながるイノベーションを競争の罠を避けながら実現する方法を、説いていくのだ。ここで提示する戦略策定フレームワークは、我々が多数の企業とともに戦略実務にかかわってきた、過去20年間の経験を土台としている。このフレームワークは、イノベーションを実現して利益を生み出すための戦略策定や実行に役立つはずである。
W. チャン・キム,レネ・モボルニュ