習近平・中国国家主席の欧州歴訪:米中対立の長期化見据え、「仲間探し」が狙いか
個別に「親中国」選んで関係強化か
中国は12年から中東欧諸国との協力の枠組みとして「16+1(東欧16カ国+中国)」を設けて関係の強化に力を入れた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻後、とりわけリトアニアに続いてバルト三国ともロシアと中国の親しい関係を問題視して離脱が相次ぎ、求心力を失っている。EUも米中対立や中国の膨張主義、「戦狼外交」などから経済安全保障を重視する姿勢に転じ、中国経済そのものの減速もあってユーロ危機後のような両者の経済の蜜月状態は過ぎ去った。 それだけに、中国は地域全体をにらんだ「面」としてよりも、相手を個別に選んで二国間の交渉で相手を動かそうとする傾向を強めている。東南アジア諸国連合(ASEAN)では親中のカンボジアに対して、南シナ海問題などで中国に不利な決定には反対させている。欧州において、ハンガリーに似た役割を求めるはずだ。 また、中国は成長力は弱まってはいても巨大市場を持ち、日本に比べて企業もEVを中心に旺盛な投資意欲があり、ビジネスも拡大している。ハンガリーなど新興国だけではなく、フランス、イタリア、スペインなどの地方政府もEV関連の誘致合戦を繰り広げている。習氏の訪欧前に首相が訪中したドイツでは、中国に巨大な投資をしている自動車メーカーはEUによるEV補助金調査について消極的だった。中国政府への配慮からで、経済力は相変わらず、中国の「チャーム・オフェンシブ(魅力攻勢)」の力の源泉でもある。 習政権が「核心利益」として位置づける台湾や南シナ海などアジアの領海をめぐる問題について、ハンガリーやセルビアに対して求めたように他国にもじわじわと「踏み絵」を試みるだろう。欧州はアジアから地理的に遠い。ウクライナ戦争に加えて歴史的に複雑に絡み合う中東での戦争など重大な課題を抱えている。さらに、6月の欧州議会選挙でみられたようにフランスをはじめ極右とされる政党が勢力を増しつつあり、内政も不安定だ。習氏と5月に握手したマクロン氏は政治的窮地にあり、オルバン氏も野党の猛追を受けているが、中国は相手国の政権のイデオロギーを問わず、利権を通じて結ぼうとするだろう。 欧州は今後も、安全保障と経済的な得失の間で、判断は微妙に揺れる。日本にとって死活的となるアジアの安全保障環境について欧州に関心の維持を促し、中国の統一戦線工作に抗するには、各国の内政を含むきめ細やかな情勢分析と意思疎通によって日本との関係をより緊密化し、アジアにおける中国をめぐる問題について共有できるように繰り返しの働きかけが必要になる。その大前提として、日本自身が隣国として中国との対話を閉ざさず、彼らの行動様式と戦略について把握しておくことが重要であることは言うまでもない。
【Profile】
吉岡 桂子 YOSHIOKA Keiko コルヴィヌス大学(ハンガリー)客員研究員、ジャーナリスト。1989年朝日新聞社入社、上海、北京特派員、バンコク駐在編集委員などを歴任。2023年に同新聞を休職し、ブダペスト在住。近著に『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』(岩波書店)