伊藤忠はなぜ企業理念を「三方よし」に変えたのか。全社員が知らない理念は意味がない
「何があっても自分が責任を取る」
取引相手の立場に立つことについて、セコムの創業者、飯田亮(故人)から聞いたエピソードがある。 わたしは飯田亮に「成功した秘訣は何ですか?」と訊ねたことがある。 すると飯田は言下に答えた。 「何があっても自分の責任だと思って仕事をすること。相手の立場に立って自分の仕事を見直すこと。とにかく自分の責任なんだと思い込む。郵便ポストの色が赤いのも、台風が日本にやってくるのも全部、自分の責任だと考える。『これはあいつの責任だ。自分とは関係がない』とは口が裂けても言わないこと」 そう言ってから「わっはっは」と豪快に笑った。豪快に笑うのが似合う経営者だった。
「自己中心的な人間との取引はしない」
さて、出世したい、自分の成績を上げたいと自分のことばかり考える自己中心的な人間は他人の立場を顧慮しない。 自分さえ儲かればそれでいい、自分だけおいしいご飯が食べられれば他人は飢えて死んでもかまわない。そう考える人間はいる。これはかなりの数でいる。 しかし、商人はそういう人間とはたとえ利益が上がるとしても商売はしない。一度はするかもしれない。その場合は自己中心的な人間のケツの毛まで引き抜いてやる気持ちで取引をする。 商人としてはいい勉強になる。だが、長期継続的に取引をしてはいけない。 三方よしだからといって、誰もが取引相手ではない。商売の相手を選ぶのもまた大切だ。三方よしは自己中心的な考えでビジネスをするなという教訓でもあると考えた方がいい。 商人はひとつの立場だけで仕事をしているわけではない。そして、相手の立場に立って商品の取引を考えれば長期継続的取引になる。
「みんなが知っている言葉だから」
伊藤忠は2020年から企業理念を「三方よし」に変えた。岡藤会長と相談の上で、取締役会で小林文彦が発議したところ、満場一致で「異議なし」だったのである。その瞬間から企業理念となった。
野地秩嘉