虐待を未然に防ぐため…“元福祉士の弁護士”が精神科病院を相手に「前例のない法的措置」 “不当な長期隔離入院”の患者に「司法の救済」を与える方法とは
弁護士会も「声明」を出したが…
この事態に対し、日弁連が2021年と2023年の2回にわたり、改善を求める声明を出した(※)。その内容を要約すると以下の通りである。 ・精神医療審査会の審査の手続きに患者側からの不服申し立ての仕組みがない ・病院が負けた場合は不服申し立て ・行政訴訟というルートがあるのと比べ、不公平である しかし、相原弁護士は、この声明には重大な問題意識のズレがあると指摘する。 ※日弁連の2つの声明 ・精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議(2021年) ・精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書~強制入院廃止に向けた短期工程の提言~(2023年) 相原弁護士:「制度の不備の問題ではない。そもそも、精神医療審査会の審査は行政手続きではないのだから、患者側からの不服申し立ての制度をおく必要がないはずだ。 『措置入院』は都道府県知事の命令に基づき行われる行政処分だが、『医療保護入院』の決定には行政が関与せず、そもそも行政処分にあたらない(【図表2】参照)。 『医療保護入院』は、あくまでも私人である病院が、私人である患者を拘束することを認めるものだ。そして、それが一生続けられかねないしくみになっていること自体が問題だ。 問題の本質はそこにある。 『精神医療審査会の審査』の手続きが法的に強制されるいわれはないはずだ。日弁連は明らかにその点を見落としている。 公開の法廷で裁判を受ける権利がある。もっとストレートに、民事上の手続きに則った権利救済がなされてしかるべきだ」
前例のない「民事上の手段」だが…“証明責任”の関門をどうクリアするか?
相原弁護士が行った「隔離処遇解除の仮処分命令の申立て」と、これから予定している「退院請求訴訟の提起」は、これまでに前例のない手段である。 あえて、前例のない方法に踏み切った理由について、相原弁護士は語る。 相原弁護士:「本来、処遇改善の請求、退院の請求は、患者の人格権侵害をやめさせるためのものだ。 そもそも保護入院や任意入院は、行政手続きに基づいて処分として行われたものではない。『私人対私人』の問題なので、本来は民事の問題だ。したがって、『精神医療審査会の審査』の手続きとは別に、患者は病院に対し直接、退院請求の訴訟や、仮処分ができるはずだ。 『精神医療審査会の審査』は早くても2か月、ふつうは3か月ほどもかかってしまう。仮処分のほうが早い。 裁判所は類型がないので戸惑うかもしれないが、『よく考えたらできないわけがない』という結論以外になりようがない」 民事訴訟・仮処分のルートで争うことができるとして、次の関門として想定されるのは「医師の専門技術的な裁量」である。 伝統的に、裁判所は、医師の専門技術的裁量を尊重する判断を行ってきているという側面がある。その背景には、裁判所が法律の専門家であっても医学の専門家ではないという自制がある。 しかし、この点について、相原弁護士は、民事訴訟の「証明責任」のしくみ(要件事実論という)に沿って説明したうえで、楽観的な見通しを示した。 相原弁護士:「本件の審判対象は、『人格権に基づく妨害排除請求』だ。 本来、人は自由に動き回れるという大原則がある。したがって、原告側は、被告によって一定の場所に閉じ込められているという事実を主張立証すればよい。その段階で『人格権に基づく妨害排除請求権』という『請求原因』について、主張立証責任が尽くされたことになる。 これに対し、今度はA病院が、『精神保健福祉法に基づいて適法に隔離している』ということを裏付ける根拠となる事実について主張立証責任を負うことになるはずだ(抗弁という)。 私が期待しているのは、適法性を裏付ける根拠事実として、病院側が『医学界では、一般的な医学水準としては症状等がどの程度の場合に隔離してよいと考えられているのか』ということの主張立証を求められるのではないかということだ」
弁護士JP編集部