タイトルホルダー高木隆弘が語る「昭和の特訓、戦友の引退、一流選手の定義」いまは競輪人生の“新章”で夢抱く「神奈川からスターを輩出したい」
高木隆弘は夢に向かって
ーーインタビューは残す質問もあとわずかです。 高木 たくさん話しましたね。 ーー今回、光る指導力を持つ高木さんに“指導のコツ”を聞いてみたかったんです。読者のみなさんの中には子育てをしている人や部下や後輩を育成しているであろう世代の人が数多くいるからです。どうでしょうか? 高木 “指導のコツ”はやっぱり信頼関係の構築だと思います。こっちが言ったことを相手が信じ切ってやってくれるかどうかが大事です。これは競輪だけではなく、僕自身が子育てしてても思います。ついつい「こら!」なんてやっちゃうんだけど。相手の目線に立って言葉をかけて、相手の成果になることを教えることが大事です。 ーー信頼関係の構築ですか。高木さんに練習を見てもらっている選手たちが「高木さんの言葉は信じ切ることができる」と話をしていることに繋がりますね。 高木 まさに目指しているところなので、ありがたいですね。それはさておき質問を返すようですけど、物事を教えたい後輩がダラダラしてたらどう思いますか?あるいは指示を出したのにできず、不貞腐れた態度を取られたらどう思いますか? ーーダラダラされたり不貞腐れたりされたらイライラします。 高木 そうですか(笑)。僕はね、それも信頼関係を築く大切なプロセスだと思ってるんです。最近、とても強くなっている教え子がいるんですが、さらに絶対に強くなるメニューをやってもらっていた時のことです。その子がうまくできないときがあって、「もうできない!」って感情が出て、ムッとなっちゃたんですよ。 ーーなるほど。 高木 それでね、気持ちが落ち着いたのかこっちにきて「さっきの態度すみませんでした」って言うのよ。なんで?って返しましたよ。信頼してもらってるから感情をありのままに出してくれたとしか思わないって言ったんです。「ただの教えてくれる人、ただの先生」と思ってたらそうはならない。このあたりに指導のコツというか大切な芯がある気がしています。 ーー名伯楽の“指導のコツ”は深いです。言葉ではその通りだと思いましたが、実践となるとなかなか難しそうです(笑)。 高木 教える側が相手に「期待する態度」ってありますからね。簡単ではないですよ。でも「期待する態度」ではなかった時に、相手のことを尊重できるかどうかがポイントだと思います。相手を否定的に言葉の圧で言うことを聞かせようとするなら、それは教える側のスキル不足だと思います。特にやる気のない仕草だったりって、単に相手からの信号というかサインだったりしますし。 ーー勉強になります。 高木 まあこう言ってますけど、僕だって「こらー!」ってやっちゃってますけどね(笑)。頭の片隅に覚えておくくらいで良いと思いますよ。やっちゃった後に立ち止まれますから。 ーー今日は本当にありがとうございました。最後に高木さんの夢を聞かせていただき、ファンの方へのメッセージで締めてもらえますか? 高木 ありがとうございました。僕は今神奈川からスター選手を出したいと思っています。1人だけではなく、第2、第3とたくさんのスター選手を生んで、お客さんたちに夢や希望を与えられるような走りができる選手を育成して、お世話になった競輪界への恩返しになることをやっていきたいです。 もう僕は選手としては頭打ちで、26歳で痛めたヘルニアは未だに痛むし、肋骨を折れば1か月で治してたものが、今では3か月でも完治しません。それでも、スター選手を育成するという目標に取り組んで、自分のできる限り現役を続けて頑張っていきます。恩返ししながら、精一杯走りながら引退していく、そんな風に考えています。競輪は生身の人間がやるもの。どうぞ色々な視点で深く考察して、レース観戦を楽しんでください。もっともっと進化していくと思いますので。 ■あとがき 読者のみなさま、今回は特集企画「高木隆弘独占インタビュー」をご覧いただきありがとうございました。インタビューは当然話し手と聞き手にわかれるのですが、高木さんは「これってどう思う?僕はこう思うんですよ」と聞き手に対してもクエスチョンを投げかけながら話を進めてくれる人でした。 自転車やトレーニングについて専門的に語る時には、立ち上がって実演しながら詳しく説明をしてくださり、“教える”というより“相手が理解するまで努力する”という姿が印象的です。多くの選手が「わかるまで徹底的に教えてくれる」と話す理由をインタビュー中に垣間見た気がしました。 高木さんに言わせれば「才能なんて関係ない」とのこと。トップ選手の北井佑季選手をはじめ、まだ見ぬ未来の候補生を含め、「どんどん神奈川からスター選手を出す」と熱く語る高木さんと“高木チルドレン”の躍動を楽しみにしています。(取材・文 netkeirin編集部 篠塚久)