タイトルホルダー高木隆弘が語る「昭和の特訓、戦友の引退、一流選手の定義」いまは競輪人生の“新章”で夢抱く「神奈川からスターを輩出したい」
今、新たな章を生きている感覚がある
ーー「高木隆弘」という人物を見たとき、現役選手であり、後続の育成に熱を注ぐ指導者でもあります。この2つの顔は自分の中で違うものがありますか? 高木 そりゃそうですよ。現役選手としてなら自分が今のステージでどう走るのかも追求しています。昔は治りが早かった怪我も今では回復が遅い。そういう選手としての気持ちは育成とか指導とかとは別で持っていますね。それと指導をしていて歯がゆい時があるんですよ。もっと一緒に走ってバンクにおける技術的な指導をしたいことがありますが、20代の選手と来月55になる僕とでは難しい部分があります。 ーー師匠の立場で苦労はありますか? 高木 自分の練習時間と指導に充てる時間の確保です。この時間配分は葛藤の連続…。選手たちの練習を見て、レースを分析して、鍛えるメニューを組んで、セッティングを見てとやっているとあっという間に1日なんか終わっちゃいます。自分の練習もやりたいし、片手間で選手を指導するようなこともしたくない。僕を頼って聞きにきてくれているわけだから、僕も本気でやらなくちゃいけない。このあたりは苦労と言うよりも葛藤するものがありますね。 ーーその葛藤がある中でも育成に熱を注いでいます。原動力はどこにあるのですか? 高木 なんなんでしょうねえ。やっぱり僕に見て欲しいと言って来てくれる人に“テキトー”にはなれないんですよ。選手だったら競輪人生、アマチュアであれば競輪選手になるための人生。ここを背負っている感覚にはなっていますから。おのずと自分のことよりもしっかりと見なくちゃって気になるんです。 ーーそれでも練習グループの人数も増えれば、ご自身の時間確保も難しくなります。 高木 そうですね。でも僕の場合はデビューしてひたすらがむしゃらにやってG1を戦ってきた時期があって、その時期が過ぎたころに「競輪人生のシフトチェンジ」という感覚になったタイミングがあるんです。この時期は選手生活だけではなく、プライベートで家族のことや子育てにも変化があった。自然に新しい章をはじめられたと言うのかな。「自分のことだけをやろう」という意識も薄れて、競輪界のためになることをしようという意識も芽生えたんですよね。 ーー新しい章ですか。“自分のために”だけではなく、“人のために”も増えていくような。 高木 トークイベントなんかあると「オレの競輪人生は終わったようなもんです」とか言っちゃうんだけどね(笑)。育成に熱を注いで、自分のこともやる。このバランスが現役で選手生活を続けられている理由かもしれない。弟子や後輩、アマチュアの子に指導することで、いつまでも「原点」に触れている感覚があるんです。人に教えているようで自分が教えられてたり、忘れていたことを思い出すきっかけになったりしてるんです。